学習障害

2022年06月27日

算数障害を考えながら・・・所属は「ギフテッド遊びたい」に

 週末に仏事があった。甥っ子のお嫁さんのおかげで一升瓶も成仏させることができた。久しぶりに体の全身に酒が染み渡った。潤った感が。甥っ子の子どもたちと次に会う時には,一緒にボードゲームとかできそう。楽しみだ。


 今週は,いろいろと。ディは今週の火曜日で最後ですね。水曜日はWAIS-Ⅳの講義がはいる。木曜日は半年にわたって取り組んできた相談のラスト。この先,新規の相談はもう受けない,薄野の辻占いは引退だな。


 今週の学習障害のテーマは算数障害。数,計算,図形,量を力技で一括りにして算数障害とすることに無理があるよ。算数は多くの子どもにとって苦手であり,これが数学に進化すると苦手な子が増殖する。

 

 数感覚,数処理の基本から計算,そして数的推論となると,どこで躓いているのか。数感覚や数処理で困難を抱えると計算や推論には辿り着かないのは自明のこと。文科省の定義では,「計算する又は推論する能力」と書かれている。数感覚,数処理は習得している。そこに問題があるのが知的能力との関連が強いと。


 計算を考えたら,それこそ「慣れ」手続記憶だが。推論となるとワーキングメモリーやプランニングが関与してくる。図形の問題となるとメンタルローテーションや視空間処理能力も関与してくる。文章題には読解力。単位換算にはワーキングメモリー。


 算数障害は,異なる神経心理学的基盤にある,数,計算,図形,量,推論の困難のあるものを一つのグループに無理やり押し込めた。

 

 難しすぎる。ほんと,学習障害とはなんぞやと。均一でない算数苦手グループを一派一絡げにして名前をつけた。


 ほんと,学習障害の講義がしんどくなってきたよん。


 やはり所属はLD発達援助センターを削除して「ギフテッド遊びたい代表」にしよう。

 




nhlgldac at 17:20|PermalinkComments(0)

2022年04月13日

おいらの中で迷走する『学習障害』・・・タブレット幸せをもたらすのか

昨日,ギフ寺の青年部のを開いた。これで,火曜日の青年部,木曜日のフリスク,土曜日のギフ寺とひとまず体制が出来上がった。昨日の青年たちのとの話し合いでは,自分たちのことを理解して欲しい、自分たちの思いを、学校や社会に対し発信していきたいと。いろいろコンテンツを整えながら,クラウドファンティングも視野に進めていくことに。この先が楽しみです。

 

さて,水曜日は『学習障害』の講義資料を🚀する日。今週の金曜日から講義が始まり始まり。

 

ADHDASDに比べて学習障害の難しさは,学習というものにターゲットを当てたこと。医療モデルではないわけだ。教育モデルとして存在しているわけだ。

DSM-5では読みの障害,書きの障害,算数障害と分けているが,学習を学校教育での教育活動と運動障害,音楽障害,美術障害とかあってもいいのでは?おいらは,確実に音楽障害だが。

 

なぜ,学習障害は読み書き算数なのか。今の学校社会にも最も求められているということですかね。

 

あたりまえだけれど,読み書き算数で使う部位は異なるわけで,発生機序が違うわけだ。だからこそADHDASDと違い判断が難しい。さらに支援となると,なおさら。

 

非常勤パンダとしては,常に悩むのだ。

 

ただ,ギガスクール構想とコロナ禍でタブレットが当たり前に使われるようになり,以前は特別視されいじめにもつながっていが,今やだれもが使える時代。高校受験もタブレットの受験が可能になったニュースが出ていた。

 

うんうん,この状況が少しでもマイノリティの子たちにプラスに働いてくれればいいのだが。

 

タブレットを持たせて学校教育は何を目指すのか・・・そこが大事なのだろうな。まさしく子どもとの共同戦線が求められるのだ。
 

 



nhlgldac at 16:31|PermalinkComments(0)

2020年12月22日

GiftedにLDの併存はあるのか・・・擬似症状?

そもそもどちらの定義も曖昧。その曖昧さから,議論がスタートするわけですね。

 

「学習能力の障害」と言っても,線をどこで引けば良いか?「全般的な知的発達に遅れはない」・・・この文言の解釈も難しい。広い意味で知的発達に遅れはない・・・でも大丈夫ではない。

 

知的giftedWISC-Ⅳプロフィールは,言語理解と知覚推理と関連する高度な高次思考,優れた推理能力や問題解決能力は優れています。反面,ワーキングメモリーや処理速度などが,個人内で弱かったり平均的な能力となっています。

 

Giftedの定義「全般的な知的発達は非常に高いが,読む,書く,計算するという能力の使用に著しい忌避感を持っている」・・・習得できないわけではない・・・ただただ「うんざり」・・・そんな言葉がぴったり。

 

「読む,書く,計算するという能力の使用に著しい忌避感」という視点から考えるとLDを持っているとも言えます。ただ,「忌避感≠習得と使用の著しい困難」となるわけです。さらに,多くの子どもは学力は平均より高い水準を保っている。LDであれば,学校のテストの点数や評価が平均よりも低い結果になります。Giftedは高い能力が弱い能力をカバーしています。本人はしんどいけれど,学校の先生には困り感がなかなか伝わらないですね。

 

合理的配慮と拡充教育で,忌避感を回避し高い能力を生かすことができます。文部科学省のGIGAスクール構想の展開で少なくとも,11台の学習者用PCと高速ネットワーク環境が保障され,個別に最適な学習環境と支援が可能になります。となると,giftedにおいてLDという状態が解消されるのか・・・。

 

ある意味,Gifted Childrenは擬似的にLD症状は見られるかもしれませんが,併存しているかは難しい判断ですね。きっと必要な支援という視点から考えていく必要があるかもしれません。

 この先,こまめにブログを書きながら本の原稿のヒントにしていきましょう。




nhlgldac at 13:22|PermalinkComments(0)

2020年12月19日

特別支援教育士の更新講習を受けて考えたこと・・・鍵は教員の質

週末は,特別支援教育士SV資格更新講習を受けました。無事に,視聴覚テストも合格ということで,これで更新ポイントは確保。

 

問題は,高齢者予備軍のフリーターという立場で大枚を払ってまで更新するか。再来年更新するとしたら,視覚は69歳まで・・・悩みどころ。「老害」になる前に退かねばと。それって,ディで子どもたちと関わ理ながら日々自問自答しています。子どもたちだって年寄りよりは若い人の方がいいよな。匠の技とかあればいいけれど,残念ながら持ち合わせていないし。自分を見極め,引き際を決める・・・難しいですよね。

 

今回の更新講習は,それなりに勉強になりました。上野先生が,更新講習は毎年受けるべきだと言っていましたが,深いお言葉ですね。時代はどんどん動いていく,そんな印象です。今回は,心理系がなかったのがすここし残念です。WISC-Ⅴが出ていればレクチャーがあったのでしょうね。

 

講習を聞きながら,文部科学省の調査官が言っていることは真っ当なのですが,彼女のいう専門性を持った教師をどのように確保していくのか?そう,以前は文部科学省の理念が地方に行くと骨抜きにされると思っていました。でも今日の講座を聞いていて,文部科学省の意図を具現化できるような優秀な教師は現場にいないということと,やっと理解できました。だからインクルーシブ教育が遅々として進まない。納得しました。

 

現場は,確実に老齢化が進んでいます。GIGAスクールに柔軟に対応できる教師がどれだけいるか疑問です。おいらは自信はないですね。専門学校のスライドを作るのですら,講義の何倍も時間を割いているのに。

 

「令和の日本型学校教育」でも,幼児教育を含めた教師の専門性の担保と研修と言っているのですが。教育行政のしょうもない研修で質が向上するとは思えません。それこそ「先ず隗より始めよ」ですよね。教員養成大学の質の確保をしないと文部科学省の求めている人材は確保できないと思うのですが。

 

 まあ,ボケない隠居目指して環境整備を始めましょう。



nhlgldac at 18:01|PermalinkComments(0)

2019年09月21日

「みんなちがって,みんないい」と唱えつつ,同質を求めてくる学校・・・変化は可能か

Twitterだけでなくディの小さなお友達からお手紙,中位なお友だちからメール,弱小戦隊のメンバーからも。ありがたいですね。おぢさんは,おともだちからパワーをもらって全治への道へと。グローブみたいにパンパンで紫色だった手も戻るつつある。

 

リハビリの合間に,溜まっている業務を片付けている。カムイミンタラの検査をまとめながら,学校に行きたくない要因についてWISC-Ⅳのデータから考えてみた。

 

やはり,見えてくるのは読み,書き,計算の問題。最も関与が大きいのが,ワーキングメモリー。書きの問題では,処理速度とも関連する。ディで一緒に学んでいると教科書の音読や,漢字の書き取り,少数の計算に対して抵抗を示す子が多数いる。子どもたちが,嫌がる学習は,ワーキンメモリーの処理容量と大きく関わって入り。ワキーングメモリーの処理容量が小さいとより負荷がかかる。

 

学年が上がるにつれて,より負荷のかかる課題が増えていく。しんどさは増すよね,

 

学校からだされる宿題は,個人差というのを全く無視している。現場では,金子すずの「みんなちがって,みんないい」と唱えながらも,同質を求めてくる。

 

gifted”の子どもたちに対しても同様ですよね。

 

東京公演の質問の中に,􏲗􏴇􏰊􏰎􏰛􏰤􏰥日本の学校教育に変革を求めるには無理でしょうか?,と。

 

うーん。おいらの目の黒いうちには無理かな。

 

多様性を認めた“giftedの教育が,当たり前になった時にこそ,インクルーシブ教育が可能になるとは思うのだが。

 

gifted”教育は,日本の教育に風穴を開けられるか。この話は,横浜のよっちゃんシンポで触れられるかな。

 

ちなみに年内は,治療に専念するので,相談については来春かな。



nhlgldac at 17:05|PermalinkComments(0)