インクルーシブ
2023年01月10日
特別支援教育推進で遠ざかるインクルーシブ教育・・・どうなるのだろう
🧯の精密検査に病院へと。一緒に年末,コロナワクチンの関係で打てなかった肺炎球菌の注射も。
血液の検査とエコーといういつもの流れ。アルコールダブダブ状態での正月明けの検査はちと荷がお思い。日を選べば良かった。そんなわけで恒例のフォアグラ状態。Dr.より酒を減らしましょうと・・・えーとこの20年言われ続けている。小酒のみになったのだが,仏はさらなる苦行を愚僧に与える。
「飲み改めよ」
明日から旭川に出かけて検査祭り。そろそろこちらも引退したいのだが。残念検査レポートを見ていると,ついつい唸ってしまう。
教育相談機関の話を聞くと,検査結果をていねいに時間をかけて考察するシステムができていない。保護者や子どもに対してもパタン化した説明になりやすい。その上,学びの支援委員の多くはWISC-Ⅳを専門的に学んでいる人は少ない。結果をうまく教育現場に生かすことが難しい。ちなみに国家資格があれば検査が説明できるかは別ですよ。
アセスメントとIEPの話ではないが,この20年日本の特別支援教育は何をして来たのだろう。
縁が切れたので好き勝手に言っていますが。
Twitterで発達心理学会でラウンドテーブル「今、日本の特別支援教育で何が起こっているか? ―国連の障害者権利委員会による日本の「障害児を分離している現状の特別支援教育」への要請から考える― 」の案内が・・・なかなか刺激的なテーマ。
抄録を眺めると赤木さん(神戸大学)の題提供の部分に,転籍率と。聞きなれない言葉。通常学級から年度途中に措置を変更した児童生徒を数値化した。
1981年~1992年頃は0.2~0.3%→2010年を超えると1.2%以上に
ありえない数字だよな。教育行政の連中は,保護者や児童生徒のニーズがあるから特別支援学級や特別支援学校の在籍が増えていると言うのだろうな。
特別支援教育がスタートし20年近く,言えるのはシステムを作ったことで日本はインクルーシブ教育からどんどん遠ざかっている。
通常学級においても特別なニーズのある子どもは支援を受けらる,それが特別支援教育の根幹だったのですがね。なんでこんなことになったのだろう。
2022年12月19日
園児たちの体操風景の映像を見ながら考えたこと・・・配慮とインクルーシブ
金曜日に講義の後オミクロン株対応ワクチンを打ちに。モモモモモ5回目。
今回は熱発はなかったが,接種部の痛み,頭痛そして倦怠感が。
結局,活動を再開したのは日曜日と。次はいつになるのだろう?春かな。
寝込んでいる間図書館で借りた「異界の魔術師(1~3)とネットで「もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた」を読んでいた。ある意味オミクロンのおかげ。
今日も書籍の打ち合わせがあった。一気に進んだ感が。
来月にはおいらが登場する漫画の絵ができるのか・・・(笑)
今日は,今年最後の障害保育があった。朝はいつもは⏰を見ているのだが,今日は朝ごはんを食べながら地元のローカルを見ていた。
そのテレビは占いの前に,園の子どもたちが局キャラの体操をする映像を流している。
映像を見ていると一人だけ体操をしていない子がいた。その場には立っていたが。
ついつい気になってしまった。
カメラは他のこの映像になったが・・・。ラストのシーンに再度映り込んだ。
子どものことよりも大人たちが何を考えているか気になった。
おそらく,子どもはみんなと一緒に体を動かしたり行動することが苦手なんだろうと。
沸々と湧き上がる疑問。
・できない子どもがいることを前提として取り組んだのか
・子どもの目標はその場にいるということだったのか
・体操に取り組む上でもう少し配慮ができなかったの(先生が一緒にやってもいいし,部分的に参加でもいい。)
・きちんと子どもや保護者に配慮したのか
・子どもをテレビの映像として流すことがただしいのか
切り取られた映像しか見ていないので・・・。
できる子もできない子も一緒,「インクルーシブ」と言われればそうなのだが。
自分ならどのように対応しただろう。










