ギフテッド臨床研究
2023年09月17日
LD学会はギフテッド当事者研究のスタートライン
秋風と共に少しずつ日常が戻ってきた。
真面目に学会のスライドを作ったり講義準備に取り組んでいる。
学会のスライドは,「ギフテッド応援ブック」の巻頭の方ギーの言葉とも被るのだ。
キーワードは,居場所と仲間と自己理解・・・まあそうか。
実はこの構図は保護者にとっても同じということに気づいた。
理解されにくい子どもを抱える中,周りに説明するだけでも大変だったと思う。
共感できる人間の存在は大事だよな。
「才能開発」なんかに囚われたら保護者も大変。
ホットできる人と場が大事だろうと。
ギフ寺の送迎の間のお茶会は貴重な時間だったのだ。
シンポでは愚僧の後にボスが当事者研究を軸に話題を提供することになっている。
昨日もギフ寺にきて副住職たちと二重過程理論の話をしながら,深いディズカッションをしていた。WISC-Ⅴの結果も自己理解を促すツールになっている。
帰りに副住職たちとテレビ塔の下でジビエをつまみながら今後について話し合い。
どんなスライドで登場するのか今から楽しいだ。
南暑寒の帰りの車でボスと土曜教室の本は日の目を見なかった。
たっぷの湯で朝方まで酒を飲みながら考えたのに。
今回,ギフテッドの当事者研究の本を書こうかという話に。
当事者研究と視点と10年間関わってきた子どもたちの縦断的なケーススタディ。
今回は,なんとか形にしたいな。
小学館にお願いするか。まず企画書ですかね。
2023年07月23日
「ギフテッドネスとは何か」パイロット‐スタディー行き着く先
掃除を終えたら書斎の温度が27℃越え。こんな日は水分をとってダラダラするに限る。
まあ,いつものことだが。
一月近く熟考を重ねた末にやっと案件を一つ片付けた。
実はもう一つ大事な案件も・・・(秘密)。
ちょっと気が楽に。これで,カムイミンタラお気楽生活(異世界ファンタジー)に近づいた。
研究のとっかりになるかと思いつつ,特別な支援が必要な子たちの「自分研究」のススメをパラパラ眺めている。第4章の熊谷さんの「子どもたちの当事者研究が未来をつくる」がこの先の研究に💡を与えてくれそうな気がするのだが。
なんだろう,ちょっと違うなと。この間の議論でもあった,ギフテッドと発達障害を切り分ける。
ギフテッドネスとは何か・・・彼ら彼女らはどんなアプローチをしているか。
振り返ると,ギフ寺でブレインストーミングという設定はしていない。
高校生が,ボードゲームしながらさり気なく話題を振って行ったほうが僕らにはいいよねと。
今やボードゲームが麻雀に取って代わり,海外に行った子を含めてネット麻雀の準備に入っている。
卓を囲んでいる間に世間話が弾む。
時々,「ちょっと聞いて」と愚痴や悩みは言ってくる。
それぞれがゲームをしながら,共感したり感げを述べていく。
喋っている方は,自分の思いを周りが受けとめてくれることで💢が消えていく。
どうもコチャとかオプちゃで悩みや困りごとを相談しているようだ。
自分たちで考え必要に応じて相談し,解決策を考えている。
ボスの二重過程理論の講座に対して興味を示し,自分なりに思考過程について分析しようと試みるのもギフテッドネスと言えるかもしれない。
なるほど,詰まるところパイロット‐スタディーの目的は「ギフテッドネスとは何か」をギフ寺を通して明らかにすることなのだと・・・そんな結論に至った。
ふふふデザインを考えよう。
2023年07月11日
子どもたちの言葉を紡ぐ作業・・・シンポの準備
落雷と土砂降りの中,金曜日の連続2コマの講義の準備に取り組んでいた。これが夏休みを挟んで10月の頭まで・・・そして1.5コマが8月下旬からスタート。仕事があるということはありがたいことだ🙏でもできることならのんびりしたい。
講義の準備以外は,取り立てて急いでするべきことはない。
暑い時期は,なるべく省エネで過ごすことに。
この歳になると向上心といのも皆無だ。ぼちぼちと学会のシンポのスライド作りを始めている。
今回は,ギフ寺の子どもたちの言葉を紡ぐ作業をすることにしている。
学校に居場所を創れるのか。
そもそも的になぜギフテッドが学校に適応できないのか?
吹きこぼれ,授業がつまらない,好きな勉強ができない・・・本当にそうなのか?
一部分だけ切り取られて,表面的な扱いで終わっている印象が。
学校に行けなくなった要因は,子どもにとって重なる部分もあれば異なる部分もあるわけだ。
そこを明らかにしないと・・・そう思っている。
子どもたちがどんなイメージを学校に持っているのか?
どんな学校なら通えるのか?
スライドを作りながら,ふと彼ら彼女らは支援を求めているのだろうかという疑問が頭に浮かんだ。
この子たちは,周りがどんなにお膳立てしたとしても自分で考え納得しないことには動かないと思う。
支援したがっているのは大人たち・・・。
子どもたちは,ギフ寺は指導もしないし,教育もしないと・・・。学校でないから。
ついつい勉強もしないよねと言うと・・・「もっと広い意味で学んでいる」と(笑)
文科省は「個別最適な学び」と「共同的な学び」の一体的な充実と謳っているが。
本当にそうなのか?
彼ら彼女らが求めている自らの育ち(学び)とは・・・・そして居場所の役割とは・・・そんなことを考えている。
まだまだ,ピースがバラバラだが,時間ある。
2023年07月05日
ギフテッドとは?求められるのはギフテッドネスの積み重ね
夏休み最終日。講義資料を「えーい」と送り,漫画本のチェック。共著だけれど監修ではないし,まあ漫画でキャラ立ちしたし・・・のんびりしていた。お尻に火がついた。
この二日間真面目にチェックに取り組んだ。後半は読み物として秀逸でした。異世界ファンタジーに浸っている愚僧もサクサクと読み進めることが。漫画もついているしね。
読みながらギフテッドネスって何だろうと。最近よく言っている。
きっとギフテッドと発達障害の違いを浮き出させるより,納得できるギフテッドネスを積み上げていくことが大事だろう。
ウェブさんは「ギフティッドネスは一生涯を通じて進化し,生得的なものばかりでなく,人生経験,より広い世界環境,自己調整力からも非常に強く影響されながら形作られる」と。
それこそ神からの贈り物だけではなくコミュニティからの贈り物も大事。
ギフティッドネスってなんだ?論理的思考,抽象的思考,豊富な語彙,類推能力とか出てくるが,臨床経験からイメージする言葉を並べてみるかな。
もっと身近なギフテッドネス・・・実は生得的な部分だけに目が行きがちかもしれない。
ギフ寺で小僧たちと係る中で感じていることを書き留めよう。
・人に対する観察力の鋭さ
・知的ユーモアのセンスがある
・会話の端端でアイロニーをこめてくる
・当たり前のことに疑問を持つ
・批判的吟味力を持っている
・疑問に思ったことはすぐに調べる
・自分で考えることができる,だから納得しないと動かない
・他人に決められたくない
・周囲の子の心に敏感,気を配ることが出来る
・頭の回転が速い
・デュアルタスク 並行して作業をするめる
・関連づけられる能力
・一を聞いて十を知る
身近なギフテッドネスをあげて,整理していくことでギフテッド像が明確になってくると思う。
2023年07月04日
不登校と学校での居場所づくりを考える
月曜日は講義の準備の傍らギフテッド漫画本の打ち合わせ。出版はちょっとずれ込みそうですね。
この本が発刊後は,自称プチ引きこもりなのですが,プチを外しましょう。
ちょっと不登校の話・・・気になった。
障害児保育の講義の時に,不登園の話から必ず学生さんに禁句として伝えるのが
「連れてきてくれれば参加できています」「毎日来させてください」「時間通りに来させてください」
親だって行かせたいに決まっている。行かせようとすることで,どれだけ大変な思いをしているから汲み取ってあげることが大事。
「なぜ来れないのか?」「工夫したら来れるようになるのか」保護者と一緒に考えるのが皆さんの仕事と。偉そうに言っている。
特に学校の管理職や先生は,登校をすることが当たり前と考える。
保護者に対して「週に1回でも来させてください」それが無理なら「月に1回でも来させてください」と話,畳み掛けるように不登校では,子供にとって十分な学習機会も得られませんよと。
そんなことはない。
毎日通っていたからといって学力が十分保障されているかは疑問。例えば,令和4年度の全国学力・学習状況調査 報告書【小学校/算数6年】では,正答率は6割程度。
何度も言っていることだが,社会性だって学校に行って育つのなら社会から犯罪者は激減するはず。
文科省が学校での居場所作りに着手するようだが・・・。
子どもにとって,安心安全な場,そして仲間がいる場が育ちに繋がる。
学校に対して魅力を感じていない子に,そこに行きたいと思える工夫ができるか。
管理職が「月に1回でも来させてください」と保護者に言うなら,管理職が率先して子どもが学校に行きたいと思える仕掛けを創ってくれ。
でも,そんなことを言う管理職って子どもが拒むよな。
居場所づくりは,係る大人が子どもに選んでもらわないことには始まらんと思うのだが。
わかっとらんよな









