2023年04月
2023年04月28日
「私たちの秘密基地~ギフ寺が問いかけるもの~」のDVDが届いた・・・いざ広島へ
学会の締切が28日だったのだが締切が伸びたようで,飲み屋で話をしたようにボスとカタギーと3人でシンポをすることに。今回のシンポの発表では昨日届いた「私たちの秘密基地~ギフ寺が問いかけるもの~」の映像を交えながら子どもたちが求めている援助とは何か語れればと思っている。
これで北大祭名物広島もんじゃ焼きと尾道ラーメンを食べられるね😁広島県人会のもんじゃ焼きは行列のできる店。
ちょうど出来上がったDVDが届いた。その解説には
『本作品は、北海道札幌市にある「ギフテッドのための寺子屋」、通称 「ギフ寺」に通う子どもたちと保護者の経験談、そして、今の「ギフ寺」で行われている実践を記録したものです。
「ギフ寺」には、「ギフテッド」と呼ばれることもある、高い知的能力を有した小学1年生から高校1年生までの12名が所属しています。「ギフ寺」 は週3 日、午後の2 時間だけ開放される、そんな子どもたちが、“自分の やりたいこと” に夢中になれる場所。初めは、それぞれの傷を癒すように 好き勝手にふるまっていた子どもたちが、今では、お互いを大切な仲間と認め、関係性を育みながら、「ギフ寺」に自分の居場所を見出しています。
ここに通う子どもたちは、今の学校に通う意義を見出せず、全く通って いなかったり、五月雨登校をしていたり、「公教育= 学校」という枠組みに は当てはまりません。その経験に耳を傾けてみると、いわゆる「天才」や「特異な才能を持つ」といった 「ギフテッド」という言葉が持つイメージの陰に隠された苦悩や生きづらさが浮かび上がっ てきます 。
なぜ 「ギフ寺」に通う子どもたちは苦悩しなければならなかったのか、そして、なぜ「ギフ寺」は大切な居場所になりえたのか。「ギフ寺」が、私 たちに問いかけているものとはー。』
あれれれれ,ぼろ寺がプロにかかるとピカピカのお寺に変身ですね。
「実践」と言えるのか悩むところ。ステレオタイプのギフテッドと番組とは異世界。
等身大の小僧たちの語り,そして見守ってきた保護者の思いが丁寧に映像化されています。答えはありません。
子どもの幸せって何か?子どもたちは大人に何を求めているのか?
日本児童教育振興財団「教育ビデオライブラリー」 https://faje.or.jp/video/new.html
で後日公開になり,レンタル可能になるので視聴いただければ。アップまでしばしお待ちください。
本が出て,DVDそして漫画と・・・次は何だろう。いよいよドラマ化ですかね(爆笑)

2023年04月26日
ギフテッドの知能とは・・・怪しき仮説その2
毎週月曜日は,ギフテッド応援ブックの打ち合わせをしている。
みなさんの話を聞きながら「ギフテッドって何だろう」そんなことを考えている。
ちなみに応援隊の二人とは出会って8年になるんですね。
さて
知的障害の判断でもIQ70以下という考え方から,知的機能と適応機能の二つの側面から判断されるように。
以前からも言っているようにIQ130以上であっても適応に問題がなければギフテッドではないわけだ。知的機能と適応状況から判断ということになるのだろうな。「困り感」だな。
高い知能って何だろうと。この10年問い続けてきた。
抽象的思考,推論能力,問題解決能力と言える。そして,その能力を下支えしているのが豊富な知識量。知識を得ることに貪欲。
WISC-Ⅴにおける言語理解と流動性推理の二つの能力。この二つの指標が≧130に意味があるのではと。ギフテッドの知的機能の特性を表していると。ケースとしてはまだ少ないので,仮説の域を出ていないが。
下位検査の中でもパフォーマンスを遺憾なく発揮しているのがバランス。つりあった天秤ばかりを見せてそれを参考にし,片方だけ錘が乗った天秤を釣り合うよう錘を選択する。最初は錘が2種類,それが3種類,そして提示される天秤が二つになり,ワークスペースに載せる情報も増えていく。
最もギフテッドのワーキングメモリーを反映しているのではと・・・そんな妄想が。
最後の問題まで行くには,並列処理をしないとね。
妄想ついてでにもう一つ。
ギフテッドを判断するとして,視空間や処理速度指標はそれほど重要ではないのではと。
冗長性の高いものほど能力を発揮する。
そう考えたら二重過程理論のシステムⅡが優位と言えるのかな。
システムⅠもそれなり優れているが,より増強されたシステムⅡが存在している。
2023年04月22日
ギフ寺が行き着く先・・・小僧同士の相互扶助
今週はラスト週4勤・・・講義が増える9月までは週3勤。木金土の3連勤と4連休の組み合わせ。嬉しい。週に2回はツドームで走ることにしよう。高齢者は格安で利用できる。
今日も寒い中ギフ寺に出かけた。
最初は中学生とちびっ子が二人だったのだが。それなりに気を使って子どもと関わっていた。そこが,育ちなんだろうなと。次に新たに中学生二人が来て,ちびっ子に対してコミットして輪の中に入れ,一緒に絵を描いていた。
その後,さらにちびっ子がきて,中学生二人と一緒に寒い中公園にでかけ,一緒に鬼ごっこをした。もちろん愚僧も引っ張られて,クソ寒い中公園に行って走り回った。
それに合わすことができる中学生は,ほんと成長したよ・・・。
中学生たちは,オプチャを使いながら悩み事や遊びの相談をしている。後2年くらいすれば,ちびっ子たちもその輪の中に入れるそう。きっと,ギフ寺という居場所から生まれたコミュニティ,場がなくなっても絆はしっかり残っていくのだろうと。
小僧たちの関わりから,そんなことを感じ取った。
何となくゴールが見えてきたかな。
以前,土曜教室の卒業生を中心に活動に取り組んでいたが,常に子どもたちを繋ぐハブの役割(大人)が必要だった。ギフ寺は,「脱ハブ化」。愚僧の役割は,あと数年で終えようとしている。
この子たちは,自分たちの力で世界を切り開いていける。「うんうん」その力を持っている。
成長を見て感動はするのだけれど,ちびっこと一緒に時間になっても「帰らない」と叫んで居座るのはやめてくれ。
2023年04月19日
小僧の愚痴と学校に行くことのしんどさ
体調が悪い。乱高下する気温のせいか,昨日子ども公園で遊んだせいか・・・。
今日は講義資料を送るだけで精一杯。
他にもやることがあるのだが,パラパラとネット小説を眺めている。
ギフ寺では小僧たちが,いつも愚痴や文句を言う。常に「内緒だからね」「秘密だからね」「絶対言わないでね」と釘を刺される。いろいろと本音が出てくる。常に保護者とのズレが・・・。
言語化することで発散したり,周り小僧たちが共感してもらうことですーっと怒りが消えていく。彼ら彼女らは,保護者や大人たちが自分のことを考えてやってくれていることは分かってはいる。でもどこかで納得できないのだろう。
愚痴ってリセットできれば・・・。
本の打ち合わせの時に不登校の子どもの話になった。
学校に行った子どもに対して,「えらかったね」とか「頑張ったね」と返す人が大半だと思う。
愚僧は,「大変だったね」「お疲れ様」「ご苦労様」と返している。
学校に行ったことを褒めることで,子どもに対して学校に行くことが良いことと,暗黙のプレッシャーを与えている。子ども視点に立った,大人は学校に行くことを望んでいると捉えてしまう。
子どもが学校に行くのは,本当に大変なこと・・・そこを汲み取ってあげないと。行くまでの苦悩,いざ学校に行った時の心的疲労・・・労ってあげないと。
自分の言葉には,無理しなくていいからね,そんなメッセージを子どもに返している。
まあ,何が正解かはわからないが。
五月雨不登校を入れると30万人くらいいるのかな。ほぼ特別支援学級と通級に在籍する児童生徒数に近いわけだ。
ふむふむ
学校という古い入れ物を子どもたちが自由にアクセスできるものにしないと難しいね。
小僧たちを見ていると国がオンラインで授業をし,促進方式で履修を終えたらさっさと次に進む。余った時間を有効に活用すればいいと思う。小学校というより義務教育卒業認定とかあればいいよね。資格を習得すれば学校にかなくて済むみたいな。
2023年04月18日
子どもは「指導・支援」よりも一緒に楽しんでくれる大人を望んでいる
5月から火曜ギフ寺をお休みすることにした。後期の講義が始まる9月までは少しのんびり。年だから楽をさせてくれ。
昨日は,午前は講義の質問についてかいとうし,午後はギフテッド応援漫画の打ち合わせ。たっぷり2時間かかった。時間をかけていいものができればいいかな。
文科省の有識者会議は対象の子どもが絞れないままスタートして,結局は💩な推進事業をスタートするのだが。
「特異な才能のある児童生徒」をどう絞り込んでいくのか?それも明確にしないまま推進事業だけが動き出した。エビデンスなき取り組みだな。
推進事業では相変わらずの「指導・支援」という言葉が。
特異な才能も定義せず対象も明確しないし子どものニーズも明確にしないままでのスタートだ。
まあいいか。接点のない世界だから。
土曜日に小僧が麻雀を持ってきた。中国語の研究に精を出すことに。
夏に探求学習で札幌競馬場に行く。日頃のウマ娘の成果を。
まさしく探求学習だ。
昨日の打ち合わせて,子どもたちに指導しているか聞かれたが,愚僧は指導も支援もしていない。
なんでギフ寺やっているかと問われたのだが「子どもが面白いから」。
時々ほんと自由で💢っとすることもあるけれど,ほんと面白い。ルーン文字でプーチンに呪いを変えるとか,笑うしかないよ。
「指導・支援」をすることで子どもたちの輝きを失わさせるのではと。
一緒に楽しまないと・・・。今日は花見だ。








