2021年09月

2021年09月29日

ギフテッド始まりの地小泉岳・・・そしてこれからの取り組み

思いのほかタイトな日々が続いている。12月までのスケジュールを見てため息。それでも冬休みは13日間あるみたい。暖かいところに行ってこようかな。

 

日曜日は今年ラストとなるGG登山。銀仙台から赤岳から白雲岳そして聖地小泉岳をめぐるルート。朝340分に起き,旭川へと。7時間半の山歩き。

 

小泉岳(標高は2158m)に登ったのは8年ぶり。その時のメンバーは,きのこ大王様とボスの3人。ちなみにきのこ大王様は、講座のボスの先輩でかつ情緒障害教員養成課程のの指導教官。恩師×先輩×2というなかなか重厚なメンバーで登山へ。

 

大王様より論文を書くと小泉岳の前で願いなさいと厳しい指導を。

 

帰りの車でボスに神奈川と千葉からギフテッドの相談が来ているという話をしたのだが・・・自分にとっては,ギフテッド元年になったのだろうね。

 

そして次の年の2月にボスからシンポジウムでギフテッドの事例を発表するようにと・・・それが最初の論文「認読み書き困難を持つ知的ギフテッドの支援」そして,2015年のボスの退官の時のシンポで「知的機能にアンバランスを抱えるこどもの「生きづらさ」と教育 : WISC-で高い一般知的能力指標を示す知的ギフティッド群」を論文にまとめた。ちょいと北海道大学術成果コレクションをながめたら,今月も2位。昨年度も8位でダウンロード数が16818。うーん,100円でもおいらにくれたら。今頃のんびりギフ寺で和尚をしているのにね。

 

聖地巡礼で大王様から叱咤激励されたが,論文は2本書き上げ,両論文とも高頻度アイテムにランクインした年もあった。

 

今回,小泉岳の山頂の標識にギフテッドの論文2本書きあげ多くの人読まれていることと,11月には新たにギフテッドの本が出ることと自遊学坊(フリースクール・・・スクールというか学校は嫌いだから笑)とギフテッドの知的機能に関する新たな論文をまとめることを報告してきた。

 

小泉岳は,この臨床研究の始まりの地みたいものですね。体を鍛えて来年は,「本がベストセラーになったよ」「論文もできたよ」と報告できれば。共同執筆者は体力がない連中なので無理ね。

 

本については101日解禁になります。もうしばらくお待ちください。今はプロモーションの準備。正装した写真を使うということで4年ぶりにくらいにスーツを着て撮影。ちらしには,スヌーピーのネクタイをしたレアな姿が見られると思います。周囲は,おいらのスーツ姿で盛り上がるかもしれません。


1日を楽しみに






 

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nhlgldac at 17:52|PermalinkComments(0)

2021年09月18日

秋休み・・・一休みして次のステージへ

秋休みをたっぷり取る予定が,講義の関係で少し短くなってしまいました。

LD学会からは「WISC-を用いたギフテッド判断の有用性の検討」について採択の連絡が。引用で修正が入っていたはず。講義の準備に終われていたので,今回はパスしようかと思っていたのだが笑本の宣伝を兼ねてやるか。

 

本の方は,「みんなの学校」の木村泰子先生が帯に推薦の文を書いてくれた。帯を見ただけで手に取って読みたくなる。そんな本ですね。

 

1120日に旭川でカタギーと出版記念講演を予定,それに小学館プロモーションも入るということでちょっと賑やかな年末になりそうですね。予定では桜前線と共に本を売り講演をしながら北上してこようと思っていたのですが・・・難しそうだな。

 

そんな中,敬老を兼ねて秋休み前半は,常宿の平取温泉へと。途中,サラブレッド銀座と優駿メモリアルパークに寄り道。記念館はしまっていましたが,オグリキャップの馬碑にお参り。いまでも,最後の有馬記念は目に浮かびますね。そこから北海道らしい,樹々の回廊の道を通り温泉へ。本当に久しぶり。

 

ゆからで酒と温泉と読書。一応仕事もするかと持ってはきましたが,結局読書三昧。「転生した大聖女は聖女であることをひた隠す」と「田中家転生する」と「明日は結婚式」の3冊を読了。2泊3日は酒と温泉と読書で過ぎて行きました。ちょっと湯疲れ状態を残して笑

 

「転生した大聖女は聖女であることをひた隠す」と「田中家転生する」は久しぶりに優れものにあたった。本当に面白い・・・頭を使わず楽しめる本・・・これぞエンターテイメント。何度も読みなおし,戻ってきてから2,3巻目をぽちりました。

 

もう少しだらだらしてから,スイッチを入れることにしましょう。
10月からは,フリースクールもスタートするしね 

 



nhlgldac at 11:17|PermalinkComments(0)日記 

2021年09月12日

ギフ寺新たなる野望・・・フリースクール補完計画

土曜日はギフ寺へとお出かけ。コロナで家に閉じこもっていた子も久しぶりの参加。みんなでふらふらと捕虫網を持って秋空の下での公園散策。なかなか楽しいひとときでした。

 

夏休み明けに学校に足が向かない子が増えてきた。基本的に,学校が苦手な子がどもたちのだが。学校は面倒くさいと思いつつ,有休を使いながら通っている。明るい不登校という言葉が妥当かは?ですが,学校を休めることを「ラッキー」と思う子もいる一方で,通えないことに対する罪悪感を抱える子もいる。

 

ギフ寺次の建立は,フリースクールかな。土曜でなくて平日に遊びに来れる場所。

 

文部科学省は「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」を眺めていた。学校に登校をさせることから,社会的自立を考えて学校以外の様々なリソースを使いましょう。フリースクールで学ぶことで,出席扱いにもなると。子どもにとったら,ちょっぴ気持ちが楽になるよね。

 

別添えの民間施設のガイドラインには,施設の大枠が示されているが,かなり柔軟な取り扱いになっている。

実施者に関しては 「不登校児童生徒に対する相談・指導等に関し深い理解と知識又は経験を有し,かつ社会的信望を有していること。」文部科学省らしい表現笑

 

 「深い理解と知識」や「社会的信望」なんてどう判断するのだろうね。かなり曖昧。あってないようなものですね。「専門家」ですと言えばいいのかな。この点は,無駄に経歴と肩書きがあるのでなんとかなりそうだね。本を名刺がわりに笑

 

 出席扱いにするには,管理職の判断。うーん,これは1回は学校に行かないとならんか。超苦手な世界なんですね。

 

 フリースクールについてのイメージは出来上がったのだが,子どもたちともどのような学びの場にするのかきちんと話をしないとな。創るのは子どもたちで,おいらはお手伝い。10月にはスタートできるように準備をしますか。

 

 なんか,また楽しみが増えた感が。ただ,健康には留意せんとね。この一月は,ほんとつらかった。もう少し,子どもと遊んでいたいしね。

 



nhlgldac at 16:50|PermalinkComments(0)ギフ寺 

2021年09月11日

Gifted Childrenたちは学校が苦手なのか・・・子どもの声を聞かないと

怒涛の2週間が過ぎ,一息ですね。暴走していた血圧もそれなりに戻ってきた。副反応だったのかな。

 

本「ギフテッドの個性を知り、伸ばす方法~多感で個性的なわが子を支えるコツ~」の方も最終段階に入っていますね。表紙や帯が届いてきて・・・うんうん本当に出るんだと眺めていた。本の出版とともにプロモーションを兼ねたギフテッド研修会の話が届いた。

 

何回かに分けギフテッドの話をすることになるのだが,最後は学校についても触れながら求められる支援・・・そこに話がいくよね。どうなるかはわからないけれどね。

 

なぜ,Gifted Childrenたちは学校が苦手なのか,その点を考えないと。

 

子どもたちとの対話なかででてくるのは,学校のシステム,教師の質,環境,二面性,同調圧力などいろいろ出てくる。

 

彼らや彼女らに,学校であなたの才能を伸ばしてあげますから登校してください・・・。子どもたちは「余計なお世話だ」「問題はそこではないよ」「別に学校に行かなくても才能は伸ばせるよ」・・・そう言いいそう。

 

子どもたちが学校に足が向かなくなっている障壁を明らかにし,取り除いていくことが大事だと思う。それで学校に足が向くかは別問題だが。

 

会議室で議論してアンケートを取るよりも,子どもたちのの声を聞かないと・・・あくまでも子どもたちとの臨床を通しての印象ですが。当然ながら子どもと保護者のずれもあるわけ。

 

研修会の中で,「なぜ学校が苦手なのか」を子どもたちとに話をしてもらい,それを受けて,子どもと一緒に“理想とする学校とは”をテーマに話をしても面白いかな。子どもたちと相談してみよう。「学校」というより「学びの場」の方がいいか。

 

「カフェ ギフテッド」のクラウドファンティングにもつながるしね。

 

 



nhlgldac at 10:25|PermalinkComments(0)ギフ寺 

2021年09月02日

養護学校義務化以降の分離教育・・・インクルーシブ教育の鍵は

副反応の余韻を引きずっているのか夏の疲れか・・・体調がすぐれない。そのうえ,コロナの影響でこの30年で一番走らなかった夏になってしまった。一気に老化の階段を上がった気分。知的機能以上に体力の衰えが早いですね。

 

今日は,講義の後の円山登山。往復約8キロ,汗ばみながらも風が心地よかったですね。雪が降るまで低山登山を楽しみながら体力づくり。

 

学習障害の最後は,これからの特別支援教育をテーマで話をした。ひとまず養護学校義務化から始まる分離教育について振り返ってみた。

 

養護学校の義務化は,障害児を放置していた政府が,国際障害者年に向けてのアクションの一つ。就学を奪われていた子どもたちが,教育を受けることができるのは意味があったが,この先分離教育が進んでいったのも事実。

 

そんな状況の中で,和光学園が障害のある子どもをクラスに入れてともに学ぶという共同教育を展開していった。大学時代,当時の校長であった丸木正臣さんの著書を何冊か読ませてもらった。この間の,オリンピックの開会式の問題で,改めてこの取り組みが脚光を浴びたのは事実。当時の浅学非才のおいらにとっては,とても魅力的な教育であった。

 

それ以降,分離教育というのが日本のスタンダードになっていった。

 

そんな状況を大きく変えたのがサラマンカ宣言。インクルーシブ教育への大きな流れ。オランダとかは,宣言の2年後には「もう一度一緒に学校へ(WSNS)政策」が展開されるようになった。日本はこの時,やっと学習障害の定義について議論している時期。ちなみに,対象とする中に秀才児も含まれているわけです。

 

分離教育が固定化した中で文部科学省が取り組んだのが交流教育。お茶を濁すという言葉がぴったり。

 

サンジャポでテリー伊藤さんが「パラリンピックは特別だと思う。なかなか普段、障害のある方と接することはできない。街で車いすの方と出会ったときに、なかなかその人たちを見ない。それは気遣いの意味で見ないんだと思うが、パラリンピックの選手の皆さんが頑張っているのを見ることによって、障害のある方でも頑張っているんだという思いを持つことは将来に役に立つと思う」・・・的確に交流教育の本質をついていると思う。普段会えないことが問題なんですね。本当に,自然の関係になれるのか・・・誰もが難しいと感じている。

 

改正学校教育法で通常学級にいる子どもたちに対しても特別なニーズ教育が展開されると考えていたら,情緒障害学級在籍数の倍増。何を意味するのかということですよね。

 

多様性社会とか共生社会と言いながらいまだに分離教育をひきずっていたら実現ははるか彼方・・・ということを語りました。

 

学校社会は内部から変革は難しいの,若い外部の専門家の力に頼らないと。常に外圧で動いてきた。

 

 



nhlgldac at 17:16|PermalinkComments(1)