2021年08月
2021年08月30日
知的ギフテッド臨床群のWISC-ⅣとWAIS-Ⅳの比較・・・加齢による知的機能の差異
木曜日からの怒涛の作業がやっと終わった。なんとかなるとは思うのだが課題の量にため息だね。ただ,学習心理学の講義の準備は面白い。自分の学び直しにもなるからね。
少し気になっていた知的ギフテッドのWISC-ⅣとWAIS-Ⅳの臨床群比較。
ある意味,過渡期のギフテッド脳の子どもたちが,大人になるにつれてどのような変化をもたらすのか? 当然,臨床群としてWAIS-Ⅳにあるので,認知的特性は明らか。ただし加齢とともにどのような変化するのか。
WAIS-ⅣとWISC-Ⅳの知的ギフテッドの指標得点を比較すると。言語理解がやはり際立っている。知的ギフテッドの共通な特性と考えて良いかもしれない。処理速度も最も低得点となっている。高い言語理解と平均の処理速度は鉄板
得意と苦手は変わらないのでは・・・。
注目したのは大人になるとワーキングメモリーと知覚推理の逆転。WISC-Ⅳでは知覚推理が,言語理解について高かった。ワーキングメモリーは,ばらつきも大きかったが・・・。
ワーキングメモリーの得点の変化は,熟達や方略,注意のコントロールが加齢とともに上向いたと考えるか。下位検査に算数がはいることで,よりパフォーマンスを発揮できるようになったか。
当たり前ですが,高い言語理解にはワーキングメモリーの関与が必要ということ。バランスが良くなっているのでは・・・そんな妄究が。慣れがすくなくとも生じる。
処理速度に関しては,WAIS-Ⅳで符号>記号が逆転している。WISC-Ⅳでは,書字と関連する符号の下位検査が低得点の一つ。この変化というのは多少なりとも「抑制が」が生じると考えていいかもしれない。
ではなぜ,「記号探し」の得点が低いのか・・・。視覚性ワーキングメモリーの弱さとか考えるか。今日する絵の抹消とも関連するのではと。処理速度の課題というより実行機能の課題と考えると,視覚情報から不要な情報排除し必要な情報を選択していく。
視覚的選択的注意というより,「抑制」と言った方がいいかな。
臨床群を比較することによって,より特性なり成熟なりが見え,ギフテッドの知能に迫れるかもね。
2021年08月28日
副反応に悶絶しつつ「仮)特異な才能がないけれど自分の高い能力と折り合いをつけられない子どもたちの理解と支援のための無識者会議」を創ることに
月曜日にモデルなワクチン2回目接種。
副反応で36時間悶絶していました。確かにインフルエンザ比7割,あくまでも個人的な感想ですが。コロナがインフルエンザの10倍となるとね。
医療従事者の負担も増やしたくないし、他人様にうつしたくもない。なによりも美味肴で旨い酒を味わいたい。接種以降,高血圧が続いているのが気になるのだが。
コロナの悶絶に続き,激震が木曜日に講義の後届いた専門学校の予定には,後期の講義が9月1日にスタートと😱おいらの頭には,後期は10月にスタートすると刷り込まれていたのだ。あわててスライド作り,来週の専門学校は水後期の講義,木前期の講義,金前期の試験と・・・・火曜はディそして土曜はギフ寺と。
密かにねらっていた秋休み10連休も夢ときえていった。
いろいろ書きたいことがあるのですがね。
①知的ギフテッドのWISC-ⅣとWAIS-Ⅳのふるまいの違い
②養護学校の義務化とインクルーシブ教育と
③交流教育の目的,学力の保障と感動ポルノ
ひとまずおいておいて,「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」の話かな。個人的には1ミクロンも関わることはないと思っている。
アンケートを見て,やはり文科省の有識者会議とは,別の地平線を眺めている笑
いまさらわかったのかと突っ込まれそう。
おいらも夜K泉とか飲みカフェをと考えていたのだが,「特異な才能がないけれど自分の高い能力と折り合いをつけられない子どもたちの理解と支援のための無識者会議」を開くことにしましょうTwitterでつぶやいたら。今のところ拙僧を含めて会員が4名。
困っているのは誰なのか・・・。
今日のギフ寺では,子どもがコロナ禍の中で自分は宿泊学習不参加のためのプレゼンをしてくれた。なかなか説得力のある良いプレゼンだった。プレゼンの後,その子は,「みんな学校に行きたくないならぼくのアイデアを使っていいよと・・・笑
きっと学校に通えず思い悩んでいた子どもにとっては,笑顔になる魔法のプレゼン。
2021年08月21日
ギフテッドの判断よりも子どもの特性に応じた支援が大事・・・リソースをうまく使って
昨日は本の打ち合わせをした。本の表紙の見本もできあがり帯の話も。出版の後には,教育雑誌の取材もあるような話。本が出た後,どうなるのだろうと・・・ちと心配しておりやす。本ではおいらのイラストが和尚としてキャラ立ちしていた。なんと袈裟までかかけていた笑
愚僧が相談を受ける時に伝えてきたのは,ギフテッドの判断はしない。例えば,検査データを見て「はい,お子さんはギフテッドではありません」となったら,それで終了,「さようなら」・・・そうはいかないですよね。日本には,判断する基準はないのですから。
今回本を書いたメンバーと一緒に取り組んできた相談会は「高い知的機能を持ちながら認知的なアンバランス(生きにくさ)を抱えている子ども」を対象としてきた。相談お中には,うちの子はギフテッドではないかもしれませんがと・・・。少しでも保護者と子どもの自己理解につながればとの思いで取り組んできたわけで,ギフテッドの判断や判別をするためではないわけで。保護者の子どもの理解が進むのと,少しでも子どもが幸せになるお手伝い。
相談に関しては,子どもとお話をしないことにはわからない。すすきのの辻占いだって手相を見て占っている。ちなみに,30年以上も前に占ってもらったのだが未だにモテ期はきていない。
愚僧も子どもとお話すると,ふつふつとイメージが湧き上がり,データや特性が結びつくわけ。うちなる問答を繰り返すわけで。だからと言って素敵な答えは見つけるわけではないですがね。大事なのは,子どもと関わりながらあれこれと彼ら彼女らの学び方や考え方の特性を知り,返すことですね。仏の手ですね。
コロナが収束したら,相談の方は再開するかも・・・。やり残した研究はあるので,腰を据えて関東と関西の方に臨床研究に行きたいとは思いつつも・・・「年齢的に体と頭が動くか」「ケースを増やすことで責任を持てるのか」「せっかくなら山に登りたい」とか未だ煩悩が尽きないのですが・・・期待しないで待ってくいてください。
いまは,本を書いたメンバーで相談会だけではなく勉強会の方も続けてきている。この2年は,ギフテッドをテーマにした公開シンポジウム。この春からは応援隊とコラボして会員の皆さんの質問や疑問に答えるH高ラジオもスタートさせた。なかなか相談に行っても答えがフィットしなかったり疑問に思うことは,応援隊H高ラジオの相談コーナーに・・・正式名称はよくわからないのだが笑
まあ,仏典ではないですが本を読んでもらえれば,多くの疑問が解けると思うのだ笑
2021年08月19日
保護者と子どもとの話から考えた・・・学校はリソースの一つでしかない
保護者の方と話す機会がある。おいらの所に来るのは,今までに学校はもちろん相談機関でも,十分に思いを汲んでもらえず,話し相手を探しに辺境まで流れてきた。厳しい旅をしてきたのでしょうね。学校とのやり取りに疲れている印象が。
お話をするときに,大事にしているのは保護者の思いを汲み取るのとニュートラルな視点。色眼鏡では見ないということ。障害名とか知能指数は,棚のどこかに置いておく。障害名が念頭にあると,全ての問題を障害に結びつけ答えを見つけようとしてしまう。だからこそ,『障害名』という雑念を振り払い,その子の中に何が起きているか・・・あれこれと考えるわけですね。
これは,ギフテッドを持つ親だけではないのですがね。特別支援の中でも不適応を起こしている子は多数いる。学校とのやり取りで疲弊している親が多数いる。
最近は,保護者に学校は数多くあるリソースの一つでしかないことを伝える。学校に行って適応することを目的とするのではなく,必要があればうまく利用すればいい。極端な話,ランチだけ取りに行くとか図書室で本を読み漁るとか。先生たちには嫌われそうですが。それも一つの選択肢。
子どもたちの育ちを支える場は多数ある。そこから必要と思える支援をチョイスしていけばいいわけ。
当然,個々の子どもによって様々な道筋があるわけだ。
この夏は,くそな夏休みの宿題と格闘しながら,学校って何をするところだろうと疑問が。通常教育だけではなく,本来丁寧であるべき特別支援教育が子どもにとって何を大事にし育てたいかさっぱり,見えてこない。
学校が大事にしたいことと子どもが大事にしたいことは明らかに違う。
大事にしてくれるところを育ててくれる場が,子どもにとって必要な学校・・・。
そう考えると,学びの場も多様であっていいと思うのだ。
2021年08月16日
ギフテッドの類推能力とワーキングメモリ・・・真夏の夜の大妄想
夏休み最終日。「ワーキングメモリの探究」はやっと第4章が読み終わった。
読み込むには知力気力体力が必要・・・残念ながらどれも足りていない。それでも秋風とともに学ぶ意欲だけはもどりつつある。【Webセミナー 8/22(日)】湯澤正通先生による「ワーキングメモリと数量概念の発達【総集編】を申し込んだ。ワーキングメモリのアセスメントツールであるHUCRoW(フクロウ)の話も聞けるかな。
ダラダラと読みながらも常に頭に浮かぶのはギフテッドのワーキングメモリ・・・知的機能はどうなっているか。ぶっ飛んでいるWISC-Ⅳの分析結果を眺めながら妄想の世界へと。
まず頭に浮かんだのは,ワーキングメモリの処理を三層に考えたらという妄想が。音韻ループと視空間スケッチパッドが一次,二次に知識ベースそしてアナロジーがと・・・そう考えるとギフテッドの知的機能が説明できるのでは。
流れとしては
音韻ループは聴覚性短期記憶→聴覚性ワーキングメモリ→聴覚性類推能力
視空間スケッチパッドは視覚性短期記憶→視覚性ワーキングメモリ→視覚性類推能力
低次から高次な処理へと流れていき・・・ギフテッドは高次な処理によりリソースを割くことができるのではと。
もう一つ妄想を爆発させたのは,三次と仮定している聴覚性と視覚性の類推能力。どちらの能力もギフテッドの思考を支えている。例えば聴覚性推理能力が使われる時には視覚性推理能力が抑制される。視覚性推理能力が使われる時には聴覚性推理能力が抑制される。それで,類推のための処理容量をより多く割けるために高いパフォーマンスを発揮できる。
まあ,真夏の夜の大妄想ですがね。いろいろ考えることが大事ですね。従来の知的脳の枠組みではおさまらないギフテッド。そこを考えていくのが大事。








