2021年07月
2021年07月25日
子どもたちに支えられ😀ギフ寺の保護者会
土曜日は母寺をオンラインでやった。
はじめての午後8時からの開催でしたが,8名の方が参加してくれた。
ギフ寺での子どもたちの様子を伝えつつ,母たちからは子どもたちの様子を聞くことができた。コロナ禍の中,なかなか定期的にはできていないが。それでも,直接お話できるのは大事なのだ。
北大の土曜教室も趣味でやっていたのですが,ギフ寺もほぼ趣味の世界。なんで続けられるか・・・それは子どもたちの織りなす素敵な世界を眺められること・・・これにつきるよな。至福の時間ですよね。
なかなか居場所を見つけられなかった子どもたちが,ギフ寺を通して結びつき,社会性を育てていく。小さなお友だちが寺子屋に通うようになったのだが,小坊主さんたちが上手に関わってくれている。それを見ただけでもうれしいのだ。
昨日の母寺で,青年の一人がギフ寺をやってみたいとの話が・・・もう一気に薔薇色の世界に笑
土曜教室をしていて,小さい頃から関わってい子が,おいらみたいになりたいと言ってくれた・・・・それはやめとけですが。
何よりもギフ寺を思ってくれる人がいることが嬉しいですね。
子どもたちにとっても,頭の硬い支援者よりも自分たちを理解してくれているBBSの存在の方が大きいな。
次回のギフ寺のテーマは,お兄さんたちに聞く夏休みの自由研究笑
ギフカフェの展開だけではなく,新たな寺子屋の修行の場ができそうな予感が。
遊びと学びの場と稼ぎの場。それに対応するようにクラファンの見直しですね笑
2021年07月24日
ギフテッド教育は子どもたちのニーズから,才能教育とは異なるのだ
ギフ寺にきった小さなお友だちが,学校ではマイノリティだけれどギフ寺ではマジョリティって・・・きちんとお話が通じる。ギフテッドの子どもたちが,きっとみんな抱えている思いのだろうな。子どもたちの安全で安心な居場所が必要なのだよ。
有識者会議は「ギフテッド教育」ではなく「才能教育」を議論する場なのだろうな。そもそも,あの会議はどのような子どもたちをイメージしてうのだろう。おいらが目の前にしている子どもたちとは,異なる子どもたちを対象としているのだろうな。
ここは,非公認「ギフテッドの理解と援助のための無識者会議」を勝手に作り子どもたちの楽しい人生に寄与できるように【メンバーゆる募】。昨日,ワクチンを打ち,倦怠感の中で暴妄しているので相手にしないで笑
「餅屋は餅屋」ということで,ギフテッドの知的機能を解明することに。それが明らかにすることで,理解と援助につながっていく。そのために細々と研究は続けているのですがね。
考えていたのが,知的ギフテッドと軽度知的障害。知的ギフテッドは≧130,軽度知的障害≦70。両者とも2標準異なるわけ。
さらに,知的障害のある子が,処理速度は比較的良好だが,概念化を必要とする課題は不得手。知的ギフテッドは概念化が得意だが処理速度は平均的。
2標準の差と知能の異なる様相をきちんと考える必要があると思う。知能とは,なんぞや・・・そこだよな。
知的障害は,IQとともに適応機能が加味され判断される。そして,判断されたら一応知的機能に合わせた教育が行われている。その意味で,2標準違うギフテッドもIQと適応機能さらにはOverexcitabilitiesを判断することで,援助というか特別なニーズ教育につながらないかと妄想しているのですがね。
才能があるから支援するのではない。ニーズがあるから支援する。才能が枯竭すれば,梯子を外される。
そもそも才能という発想は,大人の都合ではないのか・・・クソ暑い辺境から吠えることに。明日になったら痛みも和らぎ,日常が戻ってくるかな。
2021年07月23日
辻占い(相談)を考えることに
プチ夏休み前の火曜日は、ケースについて話をした。
周りに聞かれるのは、相談目的というか立ち位置。突然聞かれても・・・笑笑。
まあ,相談とはなんぞや・・・考えるには良い機会かも。
相談とは何かを教育と心理から眺めることに。
教育相談は、「一人一人の生徒の教育上の問題について、本人又はその親などに、その望ましい在り方を助言することである。」(学習指導要領)
カウンセリングとは、「依頼者の抱える問題・悩みなどに対し、専門的な知識や技術を用いて行われる相談援助のことである。」(Wikipedia)
まあ,「すすきのの辻占い」レベルで、魔法の杖も持っていないので助言や援助にはなかなかたどりつかないのだ。素敵な解決策を探している人は来ないでと言ってきた。がっかりするだけだから。今は,お店を畳んでいるので占いは常連さんのみ。
八卦占いでも大事にしていることがある。子どもや保護者が来た時よりも,少しでも元気になって帰っていって欲しいということ。そのために,目の前にある事実と検査のデータから特性や困難がなぜ生じるのか,その点を可能な限り説明することにしている。当然説明しきれないこともあるわけ。全て分かればすすきので辻占いからバージョンアップして「占いの館」でもを始めるよ。
以前は子どもと関わる意図について聞かれて💦まあ,子どもと楽しく遊びと学びができたらと。係った子どもが幸せになてくれればいいなと思っている。相談も同じ。お話をして少しでも子どもも保護者も元気になって帰ってくれたらいいな。
人と係るってそういうことだよね。
相談の自分なりの定義は
子どもの自己理解や保護者の子ども理解の手助け・・・そんな感じかな。本当は魔法の杖を持っていて先を示せればいいのですがね。
2021年07月15日
子どもと関わる意味・・・どんな大人(じじい)を目指すのか
火曜日にバイトを終えた後にLINEにお友達(以前関わっていた)からhelpが来ていた。締め切り過ぎた午後課題が出来ていなかった。時間が遅くなったけれど,さくさくとまとめてえーいと送った。
数ヶ月に1回,困った時に思い出してくれるようで笑。ありがたい。
自分行動を振り返るんですよね。手伝ってあげることが正しかったか。でも,子どもは必要としてくれた。そこに意味がある。ささやかな感謝の言葉が。
これは,自分の教育臨床でのベースですよね。教育臨床は限られた枠組みのあるスペースで行われるわけではないのだ。多様なあり方が求められている。
まあ,教師でも支援者でもないしね。そうなると,困った時に助けてくれる近所のおじさん・・・そんな表現がピタリ。
本州に住むSNOOPYあそぶんじゃー倶楽部の子どもたちは,おいらは北海道に住んでいて時々遊んでくれる親戚のおじさんみたいな役割。そういえば,
彼らや彼女らが作ってくれたおいらのプロモーションビデオには,「おこらないとかダメとか言わない」とコメントされていたな。先日のギフ寺の子どもの発言と同じだね。
なぜ関わるのかやっぱり面白いし、楽しいな。常に思っているのは、その子なりの人生を楽しんでくれればいいなと。臨床家は子どもが幸せになるためのお手伝い。教育や心理の知識や経験は子どもたちを支える道具でしかないのだ。
だからこそ、関わる限り素敵な大人(じじい)でありたいのですが、さすがに歳をとってきた。そろそろ子どもたちの背中を長く見ていられればね。
2021年07月12日
知的機能と実行機能という2つの軸からギフテッドを考える
ちょこっとディでケースの話をすることになっている。小学生は,やっぱり読み書きの問題が大きいな。小学校三年からは英語が加わり,とりわけワーキングメモリーの弱さを抱える子どもには,学校に対する拒否感が増幅だよな。
この間,ディの方にはギフチビたちと受け入れてもらっている。時間のある時に,関わっていう子どものケースについても意見交換をと思いつつも,なかなか時間が取れないですがね。
おそらく,ディのスタッフもギフテッドを受け入れて,関わった時・・・「むむむむ」と思ったことだろう。学習面と行動面のギャップ,学校と家庭のギャップ,教師と保護者の認識のギャップ。この子達の目標設定は,非常に難しいと思う。社会適応とするのか才能を育てるのか・・・。おいらは楽しく生きてくれればいいいくらいなのですが笑
その要因は非同期発達だろう。以前から学習の能力に比べて感情のコントロールや抑制が困難と言われてきた。バランスの悪さ,個人の能力の中でも様々なギャップを持つことがギフテッドの特性であることは間違いがない。
問題となってくるのは,ギャップの多様性と振幅の大きさ。
ウェブさんは,知能に比べて判断力は未発達と述べている。知的機能と実行機能のギャップと捉えると分かりやすいか。関わっている人間にとっては,そのギャップの大きさにに戸惑うわけだ。
さらに,知的機能内でも実行機能内でもそれぞれギャップがあることで,より理解し支援することを困難にしている。
知的機能と実行機能という2つの軸から見ることで,その子の特性と支援が見えてくるかな・・・。さらに過度激動という軸を加えることで,より特性が明らかになっていくかな。








