2021年05月

2021年05月29日

WISC-Ⅳの内部相関の異相こそがギフテッドの知的機能の特性・・・

毎日寒い日が続く,リラ冷えと言ったらオシャレですが,この時期にストーブはないだろうと。寒くて走りにも行けない。

 

 ここ数日,やる気というものがカケラも存在しなかった。しかし,後輩たちの愛に支えられICTも刷新し,研究環境も整った。気合で学会の抄録作りに精を出していた。共同研究者のうちは働かねば。ひとまず来年の京都の学会は保津川に行かねば。

 

あれこれ加筆しながらFSIQ4指標に加えてGAICPIに下位検査の内部相関の図をパワポで描くことに。ほぼ満足のいくものができた。なぜか達成感を感じるのは何故だろう。

 

フラナガンさんは,本来指標および下位検査は正の相関を示すと述べているですが,知的ギフテッド群では知覚推理を中心にかなり異なる見え方をしている。とりわけ,知覚推理とワーキングメモリーの下位検査間の内部相関が興味深いというか,ぶっとんでいる。

 

WISC-Ⅳの標準化データとは異なるとはどういうことなのか?色々と仮説は立てられるわけで。ろいろ妄究が頭の中を駆け巡っているのですが・・・。唯一言えるのは,この違いが知的ギフテッドの知的機能の特性を解明する鍵を握っているのだろうと・・・。

 

抄録に下位検査間の内部相関も入れると面白いのだが,さすがに抄録の限られたスペースでは語りきれないよな。いやいやスペースの問題というより,おいらの脆弱な知的機能の問題と言えるかもしれない。プレバトの夏井先生も詰め込み過ぎてはダメと言っているので,抄録は,ギフテッド判断の指針を示すということで。

 

続きは,論文ですかね。この研究はH高くんとの共同研究で進めているのですが・・・なんと研究紀要の締め切りが7月中旬との連絡が・・・無かったことにしよう笑

 

そうそう,Yahooのメルアドを変えたのですが,キャリアメールの方に送ったら迷子になって戻ってきました。当面(年内)新規の相談も受けていないので,まあいいか。必要があればブログにでも書き込んでください。

 



nhlgldac at 17:38|PermalinkComments(0)

2021年05月26日

内省と実行機能と「なりたい自分」

気がつけば5月が終わろうとしている。やっと走った距離が100キロを超えた。2019年の北海道マラソンがラストランと言って走ったのだが、ここにきて現実味を帯びて来た。まさか、コロナによってランナー生活の終わりを迎えるとはね。この先、ファンランですね。

 

札幌は今やコロナのホットスポット。緊急事態宣言も延長で、ほんと先が見えないですね。

 

ディのディスカッションでしばしば「内省」というフレーズが出てくる。「内省が足りない」と言われるが・・・今ひとつわからない。辞書には、「自分の思想、言動などを深くかえりみること」。どちらかというと内観療法に近いのかな。一度、研究会で話を聞いたことがあるのだが。

 

自分の世界から内省を翻訳すると、自分を見つめ直し、より良い未来を形成して行く・・・実行機能と考えていいのか。

 

そう考えると、大事なのは未来志向。将来のなりたい自分像がないことには,照合できないよな。

 

でも,自分を見つめ直すのは,そうは簡単ではないよね。なるべくなら,自分ことは棚に置いておきたいし,一度見つめ直すと至らない面ばかりがみえてくる。なるべく触れられたくないし,そこから将来の自分が見えてこないわけだ。

 

反省なら猿にできるかもしれないが,内省は人間の大人でも難しい。「今」を生きている人間にはなおさら難しい。

 

内省できるようになるには,何が必要なのだろう。実行機能を育てれば,内省ができるようになるのか。市販の実行機能を育てるドリルでもするか笑

 

答えはないのですがね。自分と向き合えるようになるには,どのようにしたらいいのでしょうかね。

 

「なりたい自分」があっての目標設定。

自分探しの旅に出発ですかね。 

 

nhlgldac at 17:12|PermalinkComments(0)

2021年05月22日

自己実現ってなんだ・・・やっぱり人との関係性か

ディのふりかえりで「自己実現」についてのディスカッションが。

 

大学時代文化系運動部に所属していた頃マルクスの「ドイツイデオロギー」を愛読していた。「自己実現と自己確証」というフレーズが40年経っても頭にこびりついている。

本来,労働は自己実現を促すものなのだが,実は労働が自己実現を阻んでいる。「猿が人間になるについての労働の役割」でも労働は重視されていた。

子どもたちにとっては,自己実現を図れる場が本来学校なのだが,実は学校が自己実現を阻んでいる。

 

自己実現の前提には,自己理解が必要になってくる。

 

応援隊の講演の時にも青年期を乗り越える鍵は,「自己理解」「やりたいこと」と話しをしたのだが。子どもによっては,なかなかそれを見つけるのは難しい。きっと人との関係性が大切になってくると思う。

 

今日もちょっと本のコラムを書きながら,思春期前期くらいからセーフティーネットが必要なのだろう。

 

特に真面目な子どもほどこの時期に崩れやすく自暴自棄になり二次障害へと陥りやすい。それなりに,強みを生かしながら弱さをカバーし頑張り進学高にへ,頑張りきれなくなった時のダメージは人の何倍も大きい。 

Overexcitabilitiesがよりマイナスに働いてしまう。

 

居場所とともに早い段階から支援できる場や親以外の信頼できる大人の存在が必要なのだろうな。

 

自己実現も自己理解も人との関係性の中に存在していると思うのだ。

 

ちなみに,おいらはこの歳になっても,自分が何に向いているか分からないし,やりたいことは何か問われても答えに窮する。ディの子どもたちが目標を書いて壁に貼ってあるのだが,うんともすんとも踏ん張っても今年の目標が出てこない。

 

 

あえて目標とすると,晴走雨読,日々肝臓を労りながら少量?の酒を嗜み,ボケ防止に研究とバイトをし,時には山に登り温泉に浸かり,のほほんと暮らしたい・・・。


 



nhlgldac at 17:30|PermalinkComments(0)

2021年05月19日

ギフテッドの知的機能の解明と北海道1周ラン

やれやれということで,講演も終わりひとまず追いかけてくる仕事は,講義の準備くらい。新たなパソコンにマインクラフトを入れようとしたのだが,いまだにインストールできていない。最後でクリアできていないのだ。これは縁がないのかな。

 

目下の目標は,走ることと学会発表。

 

走りの方は,まずはコロナ部取りの解消と北海道1周マラソン。連休明けにスタート。今は,新日高町,残り900キロくらいかな。。


学会発表の方は,締め切りは6月末。ほぼデータは揃っているので,どこまでギフテッドの知的機能に迫ることができるか,ギフテッドの判断にWISC-Ⅳが活用可能なのか。早めに書き上げてみなさんにコメントをもらいましょう。

 

データ自体は,アメリカギフテッド協会とほぼ一致している。少なくともギフテッドの知的特性を反映していると言える。この辺りは,認知特性としてまとめられる。

 

次の段階として

 

指標と下位検査の内部相関がをどこまで説明でき,どこからこの先の課題とするのか。データを眺めながら,辿り着くのはギフテッドの知能システムは統制群と違うのではないかと。そう考えないと,違いを説明できない。

 

「思考のシステムの違い」・・・これこそがキーワードですよ。

 

 データだけではなくて,今まで付き合ってきた子どもたちから感じたことが,アナロジーと思考のスイッチング。通常の枠組には当てはまらない。

 

時間があるので,いろいろろ発想を飛ばすことにしましょう。





nhlgldac at 17:53|PermalinkComments(0)

2021年05月14日

「面倒くさい」と「慣れ」はギフテッド理解の一つの鍵

札幌のコロナの感染状況が悪化の一途。オリンピックのテストマラソンで人が動いたうえに,マラソンの次の日から蔓延防止法。ここにきて二転三転。ハンドマイクを持って「鈴木やめろ」とデモしたい気分。

 

講演の準備をしながら考えていたのは,ギフテッドの知的機能・・・思考スタイル。この点が,オイラの中での妄究テーマにもなるわけなのですがね。

 

熟考,類推,スイッチングとかいくつかキーワードがでてきたのですが,最近降臨したのが「面倒くさい」という一言。


 

以前ギフテッド関連で「ワーキングメモリーも処理速度も平均以上の数値なのに読み書きが苦手なのか」という質問を受けたのだが。WISC-Ⅳでいうワーキングメモリーと処理速度のバランスの悪さは,「迅速な処理」という視点からは彼らの思考の足を引っ張っているのは確か。

 

でも,それだけなのだろうか。

 

あれやこれや妄想してるうちに,ギフテッドは,読み書きができないのではなく「面倒くさい」のではないかと。

 

ふと「面倒くさい」という言葉は読み書きだけではなく,計算や日常生活とも関連するのでは。ある意味,ギフテッドを理解する上での手がかりになるのではと。

 

よく見かけるのは,文章題でも式を書かないで答えだけ書いてしまう。漢字の書き取りも1回書けば終わり。できないわけではない。やればできるけれどやりたくない。

このあたりは,個人的には分かっていればいいかとは思うのですが。日常生活となってくると保護者もなかなか大変になってくる。

 

例えば,起きてから着替え,洗面,食事という当たり前の流れが定着しない。慣れができれば,スムーズに取り組めるはず。でも,ルーチン化できていない。でも,やればできるわけ。「習うより慣れろ」それが苦手な子どもたちがいるわけだ。慣れないから,よりリソースを使わざるを得ない。そんなことなら「面倒くさい」からやらないよと。自分の楽しい世界に入り込みましょうと・・・。

子どもたちの自己理解を促す意味で「めんどうくせわー」という歌でも作りますかね。


百ます計算めんどうくせわー
漢字のドリルめんどうくせわー
学校の先生めんどうくせわー
運動会めんどうくせわー

子どもたちに聞いたらいろいろでてきますね。
あわせて「なぜ」を聞くと子どもたちの理解に繋がりますね。




 

 



nhlgldac at 17:30|PermalinkComments(3)