2021年04月

2021年04月29日

育ちのバネは,自己理解とやりたいこと・・・目標がないとね

水曜日から9連休。天気も悪いしコロナも蔓延してきているので,お家で応援隊の講演スライドやら講義の資料作りをすることに。

 

幸せにも南アルプスから新しい子が遊びに来てくれて,せっせとセットアップに取り組んでいた。これで,お庭で在宅わーうに取り組めますね。早めにマインクラフトを入れないと。

 

スライドの方は,9割方できたのですがね。

 

子どもたちと係っていて,育ちの鍵は自己理解とやりたいことを見つけることだと思っている。自己肯定感感が低くて,次に進めず悶々としている中で,自分の良さを発見し,やりたいことを見つける・・・目標を持つのは大事だよなとは思うのだが。

 

ディでも子どもたちが目標を書いているのだが,おいらも書かないととも思うのだが・・・考えているうちに一月が経過。昨日,「大願成就」と書いたが,その先が進まない。願いは何だろう。そもそも「目標」ってなんだろう。

 

本を書いている時は,書き上げるというだけではなく,自分の臨床研究のまとめみたいな感じで楽しかったし,やり終えて達成感も感じることができた。

 

では,これからの目標は・・・自分防衛軍を発動し血圧を下げる,肝臓の負担を減らすとか。ちょっとね。

 

目標はないけれど,やってみたいことはたくさんある。大雪縦走とか,鹿児島から桜前線と一緒に北上するとか。山頂でビックカツを使ってカツ丼を作るとか。

 

やりたいこととやってみたいことは違うか。あくまでも長期的な視野に立って。自戒を込めてひとまず目標をたてることに。

 

この12月クリスマスに彩られたみなとみらいでおねいさんとロープウェイには乗れないけれど,せめてLD学会のオンラインでポスター発表でもしようかな。

 

テーマは,「仮)WISC-Ⅳにおける知的ギフテッド群の認知的特性〜判断における指針として」,貴重なデータなのでどこかで発表しようとは思っていたのだが。6月末までなので2500文字を書きますか。



nhlgldac at 10:47|PermalinkComments(0)

2021年04月24日

ギフテッド本Q&A・・・不登校を考える

札幌もコロナも感染が拡大の一途。今週はのギフ寺はお休みをすることにした。連休明けは収まれば再開できればいいのだが。難しそうですね。

 

この機会に渋滞を起こしている検査を一気に片付けるのも手かもしれない。年と共に検査をかけるのにエネルギーがより必要になってくる。応援隊の質問にもWISCの話があったが,やっぱり自分でかけないことには子どもの変化や思考スタイルが見えてこない。でも非公認心理士だし,来春には特別支援教育士からも離脱するのでもぐりの心理士になってしまう。

まあ,辺境の魔導士でいいのだが笑

 
ギフテッド本QA,応援隊の不登校に対する追加質問が届いていた。土曜日の掃除の後は,真面目に答えることにした。

 

後輩たちに甘えてばかりではなく,ここらで存在感を示さないと。

 

答えながら考えていたのは

 

ギフテッドの子どもたちにとって,「学校は行かされるものではなくて利用するもの」。子どもの教育的ニーズを考えた時,管理職の資質や教師の力量で対応が左右されるのが現実。子どもにフィットした利用の仕方を考える必要があると。通常学級に限らない支援はあるわけ。通級指導や相談指導学級,別室登校(学びのサポーターもいるわけで),うまく活用できできれば。

 

学校が社会性を育てる唯一の場という神話は捨てないと。学校に行って,社会性が育つならいじめは無くなっているし,犯罪も無くなるわけで。極論すればですが。地域のソーシャルサポートに頼るのも一つの手かと思います。子どもが安心安全に通えて,受け入れる仲間がいる場所でこそ社会性は育つと思うのだが。

 

子どもたちが安心して通える場が,学校に限らず地域にあれば良いのですがね。地域によって,差が大きいのが現実。そこをどう切り開いていくか工夫が必要ですね。おいらもいろり考えましょう。

 

本が売れたらバイトを雇ってギフ寺の分院として,ギフ寺自由の民学校でも作りましょう。ひょっとしたら取り組みを知り感銘をした篤志家からの多大な寄付があるかもしれない笑笑

 



nhlgldac at 17:49|PermalinkComments(0)

2021年04月22日

ストップオーバーとしてのギフ寺・・・目標探しは難しい

火曜日にはディの前に中島公園を散策したら桜が咲いていた。白鷺がいつのまにか青鷺になっていた笑笑

 

自由の民になってから4度目の春。

 

なかなかこの歳になってくると目標設定が難しい。その上,コロナ禍ということで,今までみたいに道外での仕事もできないしね。モノトーンになりがちな毎日,本の執筆は良い刺激でしたね。昨日も石狩の舶来大型ショプに出かけた合間に「ギフテッドQA」をチェック。

 

そこに「勉強のモチベーション」についての項目が。難しいですよね。執筆だって,ギフテッドの本を出して理解と支援に役立てたいという思いがあるから,制御しながら書き進められたし,後輩たちに迷惑をかけてはいkないという思い・・・甘えるけれども迷惑はかけないぞという,残り少ない社会性を発揮笑笑

 

ギフテッドに限らず,子どもたちがやりたいことを見つけるのが一番難しいと思う。

 

検査のデータと子どもの得意な世界や日常の困り感を交えて,自己理解を促すことはできます。(あくまでも関わっているお子さんならですが)彼ら彼女らは,早熟な面もあり小学校高学年には,他者とに違いや自分の特性について考えるようになっています。(当然,個人差はありますが。)客観的なデータとそこから考えられる思考スタイルを落とし込む作業は可能です。子どもたち自身も凸凹を理解し納得してくれます。だからと言って,自己理解ができたからといって次に進めるかは別問題です。目標を探すという作業が必要になります。これは周りが,あれこれ頑張ってもなかなか上手くいかない。

 

自己理解を得てから,自分と折り合いをつけて次に進むまでには時間が必要になります。魔法の杖があれば「えーい」とやれればいいのですが,簡単に素敵な目標なんて見つかりません。

 

ギフ寺は,トランジットとしての役割と考えていましたが,子どもによってはストップオーバーと考えた方が良いかな。まあ,のんびりと次の目的地(目標)が決まるまでは,時を過ごせば良いし,決まったらさっさと飛んでいって。気が向いたら戻って来ればいいさ。

 おいらも自己理解は十分できているので,この先の目標を考えないと。報酬系を満足させるために北海道一周マラソンと登山だな。


 



nhlgldac at 16:05|PermalinkComments(0)

2021年04月19日

giftedの当事者研究・・・対話と盃をかなさねる旅へと

今日は病院で体の点検、その後車の点検とタイヤ交換をしてきた。合間に舞茸のお使いにも😀夏タイヤは走りも変えてくれるので,連休の平日に,どこかドライブでも行ってきましょう。

 

病院での待ち時間を使ってカタギーから送られてきたgifted本の直しを読んでいた。大胆なコンテンツの書き換えが,一気に手に取りやすい感じになっていますね。お見事お見事。

 

どこかで企画はポシャるのではと思っていたのだが・・・。なんか本当に出そう気配😀手にとるまでは???ですが。

 

本が出れば,一区切りですね。次の研究というか最後のお仕事は,giftedの当事者研究。ボスにも以前言われたのですがね。

 

向谷地さんは(2020),「当事者研究は、統合失調症や依存症などの精神障害を持ちながら暮らす中で見出した生きづらさや体験(いわゆる“問題”や苦労、成功体験)を持ち寄り、それを研究テーマとして再構成し、背景にある事がらや経験、意味等を見極め、自分らしいユニークな発想で、仲間や関係者と一緒になってその人に合った“自分の助け方”や理解を見出していこうとする研究」と述べています。

 

giftedの当事者研究は,どんな視点が大事だろうと。Giftedから生じる彼ら彼女らの思考スタイルや認知特性,知的機能を明らかにし,そこから生じる学校や日常生活での生きにくさや困難さを明らかにし,それぞれが求める学びのあり方や求める学校,そして社会を含めて考えていくということになるのかな。

 

当然,その前提には客観的データというか対話の足掛かりとしてのウェクスラー検査やOverexcitabilitiesの質問紙が必要。この研究は,ニャロマキ大先生の知恵を借りることにしよう。場所も貸してくれそうな話ですね。そうそうコロナが落ち着いたら神戸でやっている当事者会にも顔を出しましょう。共同研究とかできたら面白いな。

 

対話と盃を重ねながらの南から北への旅ですね。そのためにも毎日,ウコンの錠剤を飲み,お茶にしじみ茶を入れ自分防衛隊を発動しております😀

 



nhlgldac at 15:35|PermalinkComments(0)

2021年04月13日

giftedは「樹々をじっくり観察するから,森を見るまでに時間がかかる」

Gifted ChildrenWISC-Ⅳをとりながら自分の中で説明がつかないことがいくつか残っている。

 

その一つが,知覚推理と処理速度のディスクレパンシー。Giftedの多くの子どもは,処理速度が平均的な能力で個人では最も弱い能力となる。背負いr速度は,事務的な正確さが問われ,不器用さが反映すると・・・。確かにそうなのだが。

 

気になっていたのは,視覚情報処理が得意なのに処理が遅れるのか?それは,書字の問題だけなのかということ。

 

ASDの特性をを理解する上で中枢性統合と考え方があります。この能力が弱いと細部に注目して全体把握が疎かになる。「木を見て森を見ず」という状態。

 

ギフチルは,細かい部分にこだわるために処理に時間がかかる。こだわるというより様々な意味を求める(意味づけをする)と言った方が良いのかもしれない。

 

木を細かく分類することで処理に時間がかかる。決して「木を見て森を見ず」ではないのだ。「木を細部まで観察するので,森(全体像の把握)を見るまでに時間がかかる」と言った方が,分かりやすい。

 

仲良しの若者が「僕は、木を細部まで深く見て、疑問を抱き過ぎて学校の先生を何度も困らせました笑笑」。ギフチルの特性を見事言い当てていますね。細部までじっくり眺めることで,様々な発見や研究の種ががあるわけです。

 

森を見て,木々の構成や生態系にまで思いを巡らすと,当たり前に時間がかかるわけだ。そして「あれれ,なぜだ」と。言語理解も同様。

だからこそ熟考そして創造性へと結びついていく。

 

四半世紀前,最北の地で学習障害話をした時に,自閉症と同じではないかという意見をもらった。おそらく,giftedの話をしても同じような意見がでてくるのだろう。ジョブズではないですが,「ドグマに囚われるな」,付き合うことで見えてくることがあると。

 

まだまだ,わからないことだらけ・・・今後の臨床研究に期待だね笑笑

 



nhlgldac at 13:02|PermalinkComments(1)