2018年08月

2018年08月31日

”知的ギフテッド”群の鍵は,処理速度と選択的視覚注意と視覚性無視

今日の勝負は”絵の抹消”・・・選択的視覚注意・・・ワーキングメモリーと認知的脱抑制で語れるか。そう考えながら文献に当たっていたのだが。処理速度は何を測定しているのか・・・そこですね。

 

マニュアルでは,「PSIの得点はその他の得点と比べると低く,「絵の抹消」と「符号」の知的ギフテッドの得点は,グループ内では最も低かった」と述べている。

 

処理速度には「符号」「記号」「絵の抹消」と3つの下位検査がある。

 

符号は,視覚的短期記憶,数字から記号への変換,保持しながら書字ー運動,それにスピードと集中力が求められる。

 

記号探しは,視覚刺激を保持し,視覚弁別能力,そしてチェック。符号と差があるとしたら,書字という作業。

 

なぜ”知的ギフテッド”は,符号が苦手なのか。明らかなのは,非同期発達で視覚—運動の困難さが考えられる。視覚と運動の協応。でもそれだけなのか?

 

では,なぜ絵の抹消がより低得点になるのか。絵の抹消は,記号探しに比べて視覚弁別は,要求されない。差が出てくるとしたら,選択的視覚注意と視覚性無視。目に入ってくる情報の大事な部分には注目し,不要な部分は無視する。

 

 

なるほど,数唱とか語音整列とかは,継次的に刺激が出てくる。でも,絵の抹消は,同時に刺激が出てくる。そのために,より抑制を働かさないといけないと考えられる。余計な情報を無視することができない。それと以前話をした,常に長期記憶にアクセスして照合している。その二つが合わさり,結果として苦手と。

 

 刺激を無視できない,結果として自動化がおくれる。そんな言葉が,頭の中に浮かんでくる。刺激が無視できないから,情報ががたくさん入ってくる,そこから必要な情報を拾い上げ,処理していく。常にそれを繰り返す,だから自動化が進まず・・・結果として低得点に。

 

知的ギフテッドを理解する上で,処理速度について妄究することが謎解きの鍵かな。

 

この週末で札幌競馬は終わり。天気を見て,馬に夢を託すか。



nhlgldac at 20:24|PermalinkComments(0)日記 

2018年08月30日

メールの返事を書きながら,Gifted支援やWISCの解釈に妄究・・そして妄想へ

 昨日のブログに対して,青年から骨太のメールが届いた。頭がブラッシュあっぷされます。ありがたいですね。


 返事と考えたことを。

 

 最近のブログは,gifted=才能のある,という流れをなんとか止めたいという思いで,密かにキャンペーンを張っている。おいらの心の中では,🚀🐶📱がライバルなので(笑)まったく相手にされていませんが・・・。異端だからね。

 

 ”gifted=才能ある”とするから,誤解を受けやすい。“異才”だけが注目されたら,結局は排除の論理だね。そんな危惧があるわけ。凸凹でもしんどい子がたくさんいるよ,そこを丁寧に見ていくことで,必要な援助が見えてくる。

 

 そこで。考えたのが“gifted=才能はあるかもしれないが脆弱な子どもたち」であり,だからこそ「理解と援助」が必要と。才能を伸ばすのも大事だが,突き抜けなくても人生を楽しむのが一番。お国のために生きたら,ろくなことはない。好きなように生きればいい。

 

 おいらの臨床研究も,子どもたちが面白いから関わっているだけ。学校教育のためとか,先生のためにとかの気落ちは,これっぽっちも持ち合わせていない。学校の苦手な子どもに学校を押し付けてはいけないよ。好きな世界で,のびのび遊んで学べいいのだが。

 

 

 今日は終日雨だったので,午前中はメールの返事を書き,午後はマインドワンダリングしながら,WISCの解釈に取り組んでいた。確実には進化しているのだけれど,納得のいく解釈は難しいね。道半ば,ボスからは,”永世名人”の看板はまだまだもらえない(笑)

 

 合間に新潟の飛行機をとった。本当は,船で行きたかったのだが,この季節は難しいかな。23日午前に入り,25日の夜帰りだな。ポスターのない日に,長岡まで久保田の聖地巡りにに行って来ないとね。素敵なおねいさんとの飲み鉄(笑)村上春樹のつぶやきではないですけれど,歳をとると想像力を失うようなので,せめて妄想だけでも豊かにね。


 やはり,越後といえば「雪国」・・・。



 

 



nhlgldac at 20:49|PermalinkComments(0)日記 

2018年08月29日

“ギフテッド教育”は誰のためにあるのか・・・密かに相談よりも子どもと遊びたい(笑)

 やはり,やる気を落として来たようだ。ぼちぼちと関西遠征の準備はしているのだが・・・うーん。

 

 教育に効率を求めて来た日本。明治以降,それなりに成果は上がって来た。その最大の成果がが太平洋戦争だが。戦後民主主義と言いながら,教育の大きな流れは変わっていない。

 

 大きなパイを作り続けられなくなった。ここに来て立ち行かなくなって来た。小さなパイでなんとか国体護持・・・古いか。政府自民党のイメージ通りにはなっていないということ。そこで,様々なカードを繰り出すが。その一つが,異才にたよる(笑)ほんと・・・10年後が見えてこないよな。

 

 きっと日本が“ギフテッド教育”を進めるとしたら,子どものためというより国家のためにと・・・。子どもや親は,望んでいるのだろうか?

 

 そんなことを考えながら,贈られて来たインタビューシートをまとめていた。知的機能や実行機能だけではなくなどを,感覚過敏,運動面,感情面をチェックできるシートがあれば,本人も保護者も理解する上で役にたてられるかなと・・・。少し知恵をしぼることにしよう。

 

 相談会の方は,1日でさばききれずに10月にも行うことになった。春に相談したお子さんが,遊びに来て,お話をしたいと(笑)確かに,遊ぶ約束はしていたのだが。よく覚えていてくれたな。すごく楽しみ。

 

 もう相談会なんかやめて,子どもたちと話をしたり遊んだりする会の方がおいらには向いていると思うのが。アソブンジャー札幌版をつくらないと。登山も行っていないしな。そう,相談は専門家のいる相談機関にいってくださいと・・・つぶやきながら。遊び専門で(笑)

 

 今日は,ロボットみたいな体をほぐすべく,キロ7分で,5㎞のジョグ。

 

 すっかり秋の風ですね。夜は,大雪の蔵を飲みながら秋刀魚の刺身と塩焼きを味わった。ほんと秋だな。

 

 先日,所さん番組で北海道民には馴染みの深い“北の誉美味しょうせ”と“大雪の蔵”と同じ合同酒精旭川ということを発見。次は,相撲取りを連れて合同酒精旭川を訪ねることにしよう。

 



nhlgldac at 18:58|PermalinkComments(0)日記 

2018年08月28日

”知的ギフテッド”は,FSIQや4つの指標だけで解釈難しい15検査が必要だな

 関西遠征お準備をサクサクと進めていた。合間に家人のお手伝い。

 

 伊丹の学習会は,満席なようですね。教員の方が,十数名参加するというのは,この領域が保護者の力で,学校教育へと少しずつ浸透してきたということでしょうね。北の大地は官依存社会だから・・・うーんですがね。

 

 今日の仕事は,LOFで行うWISC研修の山場,検査の分析。2日目の後半は,じっくりと事例の分析し,データは何を語るかディスカッション。もちろん補助検査を含めて。やっていて,はまってしまった(笑)

 

 FSIQの妥当性や4つの指標それぞれが,単一能力として解釈できるのか。検査機関が出す報告書には,時々バラツキがあるので慎重な解釈が求められると書いているのだが,解釈せずに終わっている。

 

  ”知的ギフテッド”は,指標や下位検査でもバラツキが大きいため,おいらのところに送られてくるケースの大半は,FSIQが解釈できない。保護者に対して,FSIQや4つの指標を示し,難解なマニュアルの言葉を散りばめた報告書にどんな意味があるのか。最近は,口頭でしか説明しない相談機関もあるらしい。

 

 ”知的ギフテッド”は,知的機能でのバラツキが大きいからFSIQや4つの指標得点は,妥当性が問われるわけだ。エビデンスなき数字だけもらって,保護者はただただ露頭に迷うだけ。

 

 補助検査を含めた下位検査をどう見ていくか。だからこそ,共通の因子を持つクラスター分析が意味を成すのだが。改めて15検査の必要性を感じた。そんなことを考えていた。

 

そうそう,新大阪で講座が終わったら,早々に大津に行って次の朝に「ぼっち琵琶湖マラソン」をと目論んで,ホテルをチェックしたのだが満室だった。頭悪い自分に💢💢💢

 

相方と近所の焼肉屋さんで腹一杯食べたので,明日は少し走ることにしよう。

 



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2018年08月27日

認知的脱抑制は,高い創造力とノイズを生み出す諸刃の剣

昨夜から深夜にかけて,体がポカポカ。興奮していたので眠れんかった。今日は,相談会の返事を書いていた。一応,希望していた方を全て受け入れるべき,108日(火)もやると・・・。予定では,土曜教室を終えた後,旭川でお話をし,次の日に検査とアセスメント。戻ってきて相談会・・・試されるおいら。

 

 セカンドオピニオンと言いながら,ファーストオピニオンかもね。

 

 散歩の後にダラダラ,スライドの準備をしていた。ふと気になるフレーズが,認知的脱抑制

 

 カーソン(2013),認知的脱抑制とは,目前の目標や自らの生存とは直接関係しない情報を無視することがきない状態を指す。私たちの脳には,精神的なフィルターが備わっていて,おかげで脳での大半の情報処理を意識せずにすんでいる。

 

 知的ギフテッドの抱える聴覚的・視覚的選択的注意の脆弱性とも結びつくわけだ。ノイズを処理できなければ,刺激が大量に降り注いでくる。WISC-Ⅳにおいて,絵の抹消が低得点というのもうなずける。それを示唆するのがカーソンの次の言葉。

 

 私たちの脳は,流れ込んでくる情報を処理して解読するために,脳内のファイルに保存されているイメージと記憶に絶えずアクセスしている。だが,認知的フィルターがあるおかげ,このインプットされる情報のほとんどは意識に上ってこない。

 

 絵の抹消は,流れ込んでくる情報を,長期記憶にアクセスして答えようとしているから,処理に時間がかかってしまう。フィアルにいちいちアクセスしていたら,処理が遅れるだけではなく自動化は進まない。興味関心とマッチした時にだけ,能力が生かされる。

 

 知覚推理が高いことで生じる,慣れ不全とも関連しているかもを・・・素人考えですがね。

 

 そう考えると認知的脱抑制は,創造力とノイズを生み出す諸刃の剣。

 

 “ギフテッド”は,常に“諸刃の剣”・・・言い換えると認知的凸凹かな。

 

 降り注ぐ情報を,必要に応じてフィルタリングできると人生は楽になるのですがね。煩わしい社会とうまくon/offできると楽なのですがね。

 



nhlgldac at 19:26|PermalinkComments(0)日記