2018年01月
2018年01月31日
臨床はセンス・・・子どもの心に機微に触れるための武器
寒い日が続きますね。
そこ日が続いていると。一度冷えると心と体が暖まるまでに時間がかかるわ。
全てを捨てて放浪の旅に出るか…太陽のもとでぬくぬくしたい。
修羅🚌をひとまず送り。ひと段落。
講義の日を決めあとはアルバイト探しをしないと。
何に向いているのかな、アルキタ眺めながら考えている。
最近になり自分なりに振り返ることに。
まあ、そんな歳になったということだ。
おいらにも臨床に取り組んで来た中で、パワーフレーズ、ちょっと違うかソールフレーズ…うーん心に染み入る言葉が、常にとう言葉がいくつかある。
「こどもとかかわるのは子どもを幸せにするため」
「臨床はセンスだよ」
常に問い続けた言葉ですね。「センス」については、私の臨床の師匠が言った言葉ですが……なかなか厳しいですよね。磨けばなんとかなるのか?センスのない奴は臨床に向いていないのか。師匠の世界では、子どもと向き合える人間には「センス」が必要と。今思えば、子どもが受け入れてくれるだけの資質、能力、愛嬌が必要。今でも自問自答だね。
臨床とは…?
特殊教育臨床心理学ゼミの人間としては、センスとともに子どもの心に何が起きているかを知らんとね。
発達に凸凹のある子どもたちの心(マインド…脳の配線)を中心に教育支援の臨床的アプローチを試みる。子どものトータルな学びの過程に何が起きているか。それに基づいてあれこれと援助を考える。
師匠は、子どもの係りに対し「機微」という言葉を使っていた。表面からは知りにくい微妙な心の動きや物事の趣。おいらは,微妙な心を知るために認知心理学というツールを手に入れた。それを武器に子ども振り子のように揺れる心に寄り添う・・・そうは言っても簡単ではないよね。
揺れる心とどのように向き合うか。大きな揺れの時にいかに受けとめ返せるか。
試される援助者。








