2016年10月
2016年10月31日
知的Giftedの援助は特別支援教育に風穴を開けるのだ
朝から雨なので久しぶりに車でおでか。
今週は,出て,休んで,出て,休んで,出て♨。
なんとかなりそう。
今日は本の整理。500冊くらいBookOfに持っていくことに。この間,学んだのは売るなら本が一番高値がつくということだ。
少しずつ日常が戻ってきた。学会のシンポのスライドは寝かせて熟成させている。今日はバリィさんにも見てもらった。
結語が当たり前すぎて・・・と言ったら。我々にとってはねと。でも・・・
「知的Giftedは,アンバランスが最も顕著に現れている。だからこそ子どもの認知特性や教育的ニーズに応じた教育が必要であり,それを切り開くことによって特別支援教育に新たな視点を開くのだ」
大きなアンバランスを抱える子どもは,脆弱性を多く抱えている。その子どもたちに対する理解と援助方法を見出すことは,多様な子どもたちを救うための指針になる。
自閉症研究の90年代からの動きを考えたら,歴然としているよね。ドナやテンプルさんが,自らを語ることで自閉症の本体が見えてきた。
おいらが学習障害に惹きつけられたのも,知的能力遅れがないにも関わらず学習に躓きがある。そこに,学習過程のメカニズムが見えてくるかもと。
診断名や知能指数による,トップダウンの金太郎飴の教育からおさらばしたい。その意味で,保護者だけでなく子どもたちの教えてくれることは,おらにとっては千金の値があるんだ。
だから横浜の学習会は「知的Giftedが教えてくれたこと」というテーマなんだ。
引っ越しを断捨離をしながら,残り時間が少なくなってきたなと。あと,3年くらいでなんとかせんと。よーし,北の異端研は全国展開だん。支部作りを・・・ポチの助の野望。
2016年10月30日
自主シンポの物語・・・なんちゃって生物学的基盤から支援まで
やっと文献にあたりながらスライド作りに。
書斎は収まったのだが,本の入れ替えや小物収納が決まらず雑然としているわい。さっさと収まるところに収まってくれ。
さあ物語
「Gifted」の背景となる生物学的基盤は,脳内の神経回路形成にベースがあり,発達期における環境の影響を受けて,出現頻度の稀な脳内ネットワークパターン(GAIとCPIの差,アンバランス)が形成されていく。
知的Giftedは得意な部分よりも最も苦手な部分で小学校で求められる。
「漢字は正確に」「ノートはきれいに」「九九は暗記しなさい」「計算は素早く」・・・。
アンバランスを抱える子どもたちは,苦手な部分をひたすら強要される。決して得意な領域や興味関心のある世界を伸ばしてくれな。
そのために,学校にはうんざり。自尊感情もボロボロ。
知的Giftedは,アンバランスが最も顕著に現れている。
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だからこそ子どもの認知特性や教育的ニーズに応じた教育が必要であり,特別支援教育に新たな視点を開くのだ。
昨夜は早寝したのだが,叫び声にもしやと思ってテレビをつけたら満塁ホームランだった。道民の性としてフィターズを見ることに。
そんなわけで今日も眠いよーん。
2016年10月29日
子どもの心の多重性を見ていきたい・・・だから診断よりも心のプロファイリング
今日は大量のダンボールをセコマに運び,旧家に出かけて荷物を乗せて清掃工場へと。買い物をして戻ってきたら2時過ぎていた。気がつけば,お馬さんを見ながら居眠りをしていた。お疲れモードだん。
それにしてもセコマはありがたい。大量のダンボールをありがとう。北海道の誇りだな。
昨日は土曜教室で何を考え,アンバランスの子どもたちと向き合ったのか。そしてWISC-Ⅳへと。
物語をもう少し丁寧に。
ずっと2Eという言葉を意図的に避けてきた。同様に診断名についても避けてきた。流れの心理屋としては,診断名で一人の子どもを包括的に説明するだけの材料は持っていないわけだ。
高い知的能力と発達障害を併存したとして,どんな支援が日本では行われるだろう。あくまでも優先され,支援の対象とされるのは発達障害というラベル。
一面からしか見ていない。だから多面的に見ていきたい。
一人の子どもの心を多重知能として見ていこうと・・・。
心のプロファイリングだん。
誤解されると困るのだが,発達障害について支援が不要と言っているのではないからね。子どもの多様性,凸凹を捉えて,トータルで支援していこうと。
そこで,メル・レヴィーンさんみたいに八つの神経システムからのプロファイリングができればいいのだが・・・。まだまだ力不足。そこでWISC-ⅣをツールにしながらCHC理論から子どもの心を見ていこうと。
そこで分析へと結びついていく。あくまでも優先するのはエビデンス・ベースト。そこから想像力を働かせる。なんちゃって
今日は断続的に睡魔が襲ってくる。眠いよーん。さっさとお風呂に入って,おふとんgoだな。
明日こそおいらの実力を世間に知らしめよう・・・なんちゃってだな。
2016年10月28日
誰もがバランスの悪さを抱えている・・・土曜教室から学んだこと
やっと週末,長かったよーん。
少しずつ我が家も日常が取り戻しつつある。
久しぶりに机に座ってパソコンを開いている。
来週末には温泉に行けるように一踏ん張りしないと。
シンポのスライドには間に合わんぞ。明日はゴミを処理してから頑張ろう。
勉強会の方のスライドは「知的Giftedから学んだこと」。その前段階として土曜教室で出会った子どもたちを頭に浮かべていた。,どの子も凸凹を抱え,バランスの良い子どもは一人としていなかった。
ある意味,アンバランスさに魅了された。付き合うと面白かった。
こんな発想するのか?こんな行動をするのか?
そもそも完全にバランスのとれた子どもは存在するのか?
平均化することが良いことなのか?
誰もがバランスの悪さを抱えている。
教室に来る子どもたちは,アンバランスから「生きにくさ」を抱えていた。
教室での援助は,アンバランスと向き合いながら,自分らしく楽しく学んでいくこと。
書字に困難を感じている子どもが,集会で課題をパソコンで書いて良いか質問したのは10年前。
ついつい思い出に走ってしもうたが,今でいう合理的配慮。きっちりと自分で語れる土壌を教室で育てていたのだ。
当時は,WISC-Ⅳ-Ⅲの群指数での差がアンバランスを見る手がかりだった。しかし,Giftedを理解する上では不十分な検査であったし,紐解く手立てを持っていなかった。
今は,洗練されたWISC-Ⅳ-Ⅳ-Ⅳ-Ⅳ-Ⅳがあり,臨床群としてマニュアルでも述べられている。
ということで,知的GiftedのWISC-Ⅳプロフィールの分析へと。
2016年10月27日
特殊教育から特別支援教育に転換した。 理念的には優れたものだが、支えたのは特殊教育の亡霊たち
朝からアクシデント勃発。
この数週間で、心と肌の荒れが激しくなって来ている。潤いが欲しい。
そんな気分だん。
来月になれば先が見えてくる。
知的なアンバランスを持つ子とと向き合うようになってから、教育のあるべき姿を考えるようになった。
そんな大袈裟なもんではなく、従来の自分の枠組みでは対処しきれなくなった。だから柔軟に子どものニーズに合わせて枠組みを変えていく。すると、違った景色が見えてくる。
山と同じで登らんことには次の景色が見えてこない。登らんとね。
当たり前のことなのだが。
最近特別支援教育で不適応を起こす子が増えている。
なぜか?
個々のニーズに応じた教育が展開されていたら起きないのでは。
何が問題となっているのだろう。
某県で子どもに対して手をあげる教師がニュースにでていた。
詳細は分からないのだが、叱るというのは自分の思い通りにしたいからかな。粗相という言葉だったかな…。
おいらも教師の言動で不適応を起こした子どもとしゔぁしば出会った。通常学級や特別支援学級に関わらず、理解と支援がうまくいかない。
特別支援教育は結局は人なのだろうな。
粗悪な教員養成と教育行政の無能さだよな。大学にヒラメみたいな養護学校の校長たちが蔓延っているんも問題だよな。そうぞうりょくがないからな。
特殊教育から特別支援教育に転換した。
理念的には優れたものだが、支えたのは特殊教育の亡霊たち。
変わらんだろう。
理念が変わっても教育内容が変わらんことには。
ということで若者が新たな特別支援教育を想像せんと








