2015年07月
2015年07月31日
ニセコの大人の休日...久しぶりに満足度の高い旅だった
相方の誕生日。ニセコで大人の休日をとることに。
道内各地を歩いていくつか定宿を見つけてきたが、最近足踏み状態。
基本は連泊でのんびりできる宿。今回は、ニセコノーザンリゾートアンヌプリに泊まることにした。アンヌプリといえば、おいらのスキーでのホームグラウンド。以前は日航アンヌプリだった。残念ながら温泉がなくパスしていた。なんと温泉ができていた。
ホテルに入る前に黒松内のトヴェールで相方所望のピザを食べた。これがなかなか美味しかった。満足。2時半にホテルに入った。お部屋は広くてゆったり。窓が額縁上で、素敵な緑の景色が。相方も満足の居住空間。上野のホテルの3倍はあるかな(笑)残念なのはクーラーがないこと。
お風呂は小さいながらも露天もサウナもあり、満足のいく泉質。食事はバイキングと和食を選べたのね。ひとまずバイキングを選んだ。これがなかなかの実力。乳製品を素直に使っていたのが美味しかった。それとナチュラルチーズが4種類でていて、なかなかの美味。パスタも美味しかった。ビーフは、赤身の嫌いな相方がおかわりを。中華系と味噌ラーメンは今ひとつ。バイキングの指向性が見えてくる。朝食も満足。ちょっと温かいものを温かくが課題かな。
ちょっと東シナ海の向こう側の人たちが多数来ていて、かなり眉を潜めてしまった。それさえなければ三ツ星だったのにね。相方が、もう一度実力測るために連泊してみたいと。なんと7、8年ぶりですね。
朝、スキー場と散策の森をなんちゃってクロスカントリー。前日はダウンヒル。走ってからお風呂に入り食事を挟んでのんびり11時くらいまで村上主義者。真っ白なニセコパノラマラインを通って木田金次郎美術館へ。実は道立近代美術館で木田金次郎の漁港と海の絵にであった。北海度にこんな力強い絵を描く人がいるのかと感動。有島武郎の生まれ出ずる悩みのモデルにもなったということも知った。美術館ができてから3度目の訪問。ほんと飽きない。
13年前に特別展で見た画家の絵を見てすごい衝撃を得た記憶が。もう一度見てみたいと思ったのだが、名前が思い出せず係りの人に聞いたのだ。結局館長さんとお話をして渡辺淳さんということが判明。館長さんからいろいろとお話を聞き、飾ってあった渡辺淳さんの絵手紙を写メさしてもらった。この人も金次郎さんと同じように画壇の体制に組み込まれない力強さが。
もう一人北海度の画壇で好きな人が神田日勝。金次郎さんと一緒の時にみたのね。鹿追の美術館で絶筆の馬を見た時は感動だった。今日、金次郎さんの絶筆のバラも見た。長い歳月をとおして今繋がったという感じ。
絵を見た後は、ニッカでブラックニッカの8年ものを手に入れようと寄ったのだが。いつの間に観光地に変身していた。まっさんブームは、美味しいウィスキーを品薄にしただけではなく、のんびり飲めたウィスキーの試飲という素敵な文化を駆逐しようとしていた。
初号ブラックニッカ復刻版を買い、またまた消防番屋で生ちらしを食べて帰宅。相方の満足度の高い旅で何より。
2015年07月29日
事例研のアセスメントシート作り論文と向き合った〜共通するのは神経心理学的知見だw〜
またまた左膝が微妙な違和感が。今の所痛みとかないが。今年の北海道マラソンは、スタートラインに立てるのだろうか。SAPICAを持って面倒くさくなったら地下鉄で帰ってこよう。
今日は午前中にオホーツク仕様のアセスメントシートを作った。4時間のワークショップで実態把握から検査の分析、教育&心理のアセスメント、そして教育支援の方向性まで持っていかなければならないのでちょっとコンパクトに。それとケースを考えながら心理検査面だけではなく、行動面から認知特性が考えられないかと・・・王道ではないのだけれどね。
行動から考えて、ワーキングメモリーや実行機能での課題が考えられる。距離のある分、ていねいに詰める作業が求められるわけだ。そのためには、神経心理学の知識が求められる。今回の事例研のカギを握るのは、そこか。
もちろん、午後は論文にとりかかった。
えーとですね。論文は飾りはじめたり、余計なことを書き始めると必ず綻びが生じる。肝に銘じないと。さらに、真剣に書き始めると書いた量よりけずる量が増えていく。一進一退ならぬ一進三退となっていく。心折れながら、自分の拙い文を読み続けなければなならない。あまりの過酷な作業。ついつい違う世界へと論活離脱へと。
ふとテーマを見てしまった。「教育的モデルとしての知的ギフテッドのニーズと支援」これはしっくりこないな。バカじゃない。そこで変更することに「認知機能にアンバランスを抱えるこどもの生きにくさとその支援〜WISC-Ⅳで高い一般知的能力指標を示す知的ギフテッド群〜」どやろう。
破綻している流れを変えて章と節を組み替え。ちょっとだけ論理的組み替えをしつつ、自分の書物に注をいれた。これはかかりそう(笑)
明日からは、ニセコでのんびりと大人の休日を過ごすので、「よっこいしょ」と物を送ったのだが、Wi−Fiが超不安定どす。この先、どうなるかな。
2015年07月28日
相談事例の返事とと北見の事例研の流れを考えた1日...明日こそ論活
痛みは和らいできたのだが、左肩の可動域が狭い。これはリハビリだな。
今日は、月曜日と持っていたら火曜日だった(笑)頭からカレンダーが消え始めた夏休み。戦隊カエルンジャーとしてはとても素敵なことだ。畑仕事をしてから学業に。
午前は、エーイと相談を受けていた事例をまとめた。まあ、相変わらず返すまでに時間がかかった。一応、世間に対しては熟考タイプということを言い訳にしている。
いつも相談を受けた後には不全感が残るのだ。それは、こうすればといいよと書きつつも子どもと実際に関わったことはないという事実。さらには、自分が関わっていくわけでもないという事実。具体的な打開策や次につなげる機関を提案ができればいいのだが。なかなか難しい。結果をもらって、整理できるのか返って混乱に拍車をかけるのか。
ほんと自分がやれれば一番なのだが、歳を取りすぎた。しらたきのサマーキャンプに行って、北の異端研のこれからについてスタッフと話をするか。
午後は、北見の事例研の作業をしていた。こちらも一通り流れを作りメールをと思ったら、macメールが消えてしまう。1週に1回は動かなくなる。なんでだ。ひとまずみなさんに送ることはできた。安定した北大メールを使った。
ケースの中には、心理検査と実態が距離のあるケースが多々ある。その時のキーワードは何か、子どもの指し示す問題行動の背景には、どのような神経心理学的な基盤があるのか。それは、行動観察で言えるのか検査結果から言えるのか。どこかに鍵があるはず。
例えば、鬼ごっこができないにも様々な理由がある。ルールがわからない、人との関係性がむすべない、捕まえられる時の衝撃に耐えられない。ルールがわからないでも、WISC-Ⅳの解釈からいろいろな可能性が考えられる。今回の事例研のポイントはここだな。それともう一つは、ギャップだよな。なぜ検査結果の数値は問題がみられないようにも関わらず、学習や行動面で解離を起こしているのか。その謎を突き止めるのが今回のテーマ。バリィさんとたぢけんに働いてもらおう。
となりも魔王を読んで今日は眠ることに。
2015年07月27日
石灰の吸引は人生でも最も痛い夏休みの思い出として刻まれた
昨夜から早朝にかけて何度救急外来に行こうと思ったか。二度ほどまどろんだが、痛みで起こされた。激痛で横になっているのもままならない状態。
当然、さっさと起きて行って人間ドックの一番を取るべく7時前に家を出た。
そういえば猫のポチが北大獣医学部にかかっていた頃は、外科の1番の札を取るべく朝並んだものだ。
玄関の先頭に並んだものの手続きで一歩遅れ2番になった。
左肩の痛みがひどいので看護師さんに相談したら2番なので検査は、9時半に終わるので整形外科の受診は可能と。速やかに検査を終えて整形外科の手続きに。なんと激混み。レントゲンを撮って。10時半のランチタイム。トンカツ弁当を完食。再度整形外科に。よりによってクーラーが不調。暑い中順番が回って来ん。時計は12時をまわった。
レントゲンを見ると石灰が沈着。ドクターから二つの治療が提示された。一つは痛い治療方法、太い注射で石灰を吸引する方法。もう一つは関節内に薬を注入する方法。今なら綺麗にとれるよとドクターの説明で痛い治療にチャレンジ。
空前絶後、前人未到、阿鼻叫喚…。透明だった注射液は白濁し、下には石灰が
3mmほど沈着していた。人生でもっとも痛くて長い夏の思い出となった。
この夏最大のチャレンジのおかげで、家に戻ってきてお昼寝ができた。
人間ドックは、運良く今年は“ドックレッド”はなかった。イエローは、はい休肝日とカロリーの高いビールや日本酒を減らすことが大事ですね。
合間に、神様!仏様!きつね様!を読んでいた。なるほどねという展開。陰陽師好きにはたまらないね。浅草寺にこのラノベが置いてあったのが良くわかるは。この本がなかったら3時間待ちの整形外科で大暴れしていたかも(笑)
研究や仕事は復活したらということで。
2015年07月26日
「分かる」とは「分けること」・・・思考は左肩の痛みでまとまらん
車を置いてから走ったら、違和感を感じていた左肩にまたまた痛みが走った。
春先の痛みと同じような感じだ。
左肩に左膝と今年は、故障をしている時間の方がはるかに多いな。
お出かけをして昼過ぎに戻ってきたのだが、肩が痛くてやる気が起こらん。気温は低いのだが、雨のせいか湿気がすごい。じめじめ。
昨日の帰りの車でも登山でのハルさんとボスの禅問答が話題になっていた。
運転しながら小耳に挟んでいたので・・・。おぼろげながら。
「わかるってどういこと」・・・なかなか核心をついた質問だ。
ふと頭に浮かぶのが「わかる授業」。学校の研究目標や研究会のスローガンで見かける。「わかる」とはどんなことなのか?辞書なんかには理解、分かる、知ると。
ボスは「分ける」という話をしていた。
運転しながら興味深く付帯の話を聞いていたら終わっていた。
基本的に人類は、分けることで多くのことを学んできた。人類は生きるために、分けることを積み重ねてきた。食べられるきのこか、毒を持っている蛇とか。
そして、分けるだけではなく括る作業にも取り組んだ。「分ける」ためには何が必要か?
物事に対して共通性と異相性を見出していく。その究極の学問が博物学。
「分ける」ことは概念化の作業でもあるわけだ。
「わからない」とは「分けられない」ということ。よく聞く言葉が「どこが分からないか分からない」・・・「分かる」ところと「わからない」ところが分けられない。
ますます禅問答の世界に。
でも分けるために知識が必要なのだ。知識がなければ分ける作業には入れないし、「分かる」にはたどりつかない。
左肩の痛さに耐えられないので今日は全ての業務を終了。
心穏やかに明日の人間ドックに備えるわ。その後整形外科に。








