2015年05月

2015年05月31日

朝日新聞で「いま子どもたちは異彩発掘」のシリーズについて考える

やっと日常が戻ってきた。おいらの日常ってのんびりブログ書いて酒を飲むことか(笑)久しぶりに疲れ切った。ネットに繋がらない世界。スマホにしようかと思いながらも踏み切れずに。

 

今日は、相方とビール園に行くことに。そのあとは、牡馬の祭典日本ダービー。

走れ走れコーターローを今日はダービー楽しいな。

 

朝日新聞で「いま子どもたちは異彩発掘」のシリーズが始まった。東大先端研のROCKETの子どもたちが登場してくる。最初の記事に中邑さんの取材が載っている。

 

「学校の集団教育に馴染めないだけで、生まれてわずかで才能を閉ざされた子どもたちがいる」とバスに揺られ集団訓練に行く途中で読んでいた。中邑さんは、修学旅行は行かないでそのお金を自分の趣味に当てた。そういうことができればいいよね。

 

 異才を持っているか持っていないかは問題ではなく、集団教育に馴染めない子がいる。とりわけ、学校社会に適応しようと努力し日々消耗しようとしている子どもが。学校に行くことが「善」で行かないことが「悪」。そんな思いに苛まれている。なかなか「学校」という枠組みを突き破れないよな。

 

 ROCKETの理念は「才能ある人間が、学びたいことを学びたい場で学べる。突き抜けた部分はより伸ばし、苦手部分は最新技術や他人とシェアする」言い換えれば、「強い部分を伸ばし弱い部分を手当てする」メル・レヴィーンと同じことを言っているのだ。なるほど。

 

東大先端研とは学力も財力が違うわけで、同じことができるわけがない。4月のセミナーで、ちょっと引いたのはそこなのだ。北の異端研でもできること。それが見えてきた時に、新たな方向が見えると思う。サマキャンで反応もあったのでね。

 

以前ギフトくんには、「あなたと同じような疑問を持つ人は必ずいるはず。答えは必ずネット中にある」と話をしたことがあった。才能のない人間が才能のある人間の学びを援助するには、いかに賢くネットを使うことなのだな。

 

そうそう、以前畑違いの論文を手伝ったことがある。自分の足りない部分を周りに助けてもらう。

 

結論は、みんな早く北海道に戻ってきて「北の異端研」をやろうよということで。



nhlgldac at 09:09|PermalinkComments(0)日記 

2015年05月28日

ギフテッドプログラムはできるのか?サマーキャンプを楽しまんんと

眠い。もっとも気分の重い週末が。

天気はよいけどおらの心は鉛色。ため息の優先放出権を持っているのだ(笑)

 

Macでノマドをと思ったのだが。思考の崩壊が。ブログに逃げることに。

 

今朝、ROCKETが朝のニュースで流れていたらしい。

2期生を募集するようだ。1期生は継続にして人を増やすのかな。それとも卒業なのか。気になるところ。えーい、中邑先生に友達申請するかな。

 

ぷりずむから、サマキャンの一次案が送られてきた。

話を進める中でギフテッドプログラムを組み込もうと。

 

23日で達成感と自己理解を育み、好奇心をくすぐる。そんな内容を考え中。

中軸は登山と星空観察と黒曜石で矢じり作り。川で魚でもとって焼いて食べる。さすがに鹿狩りは難しいわ。

夜は焚き火を囲ん1日目は「やる気」について先輩たちの話を聞きながらディスカッション。2日目は、それぞれが「趣味」を自慢する。共感と自己理解が進めばね。もちろん星空観察も。

 

2021日にセンターの主要なメンバーが揃うので相談することに。

今回は広く募集をかけるので参加したいと思う方がいたら待っていてください。

企画が決まり次第お知らせします。



nhlgldac at 20:57|PermalinkComments(0)日記 

2015年05月27日

なんちゃってインクルーシブ教育...ドグマを捨てること

気分は海沿いのオロロンラインを走り、増毛まで行って◯倉海鮮丼を食べて国稀により、夕陽館でのんびり温泉につかりながら夕陽を見ながらのんびりと。そんな気分。抑制系を働かせて職場へと。
 
(なんちゃって)インクルーシブ教育なのだが、究極の姿は特別支援学級の先生が不要になる。そんな世界が来ればいいね。そんな未来がきたら、インクルーシブ教育の中で特別支援の先生がスペシャリストとしての役割をいかに探すか(おいらは東川で第二の人生)。作業と生単と体力作りをやっていたらスペシャリストにはなれないね。特別支援教育の先生の専門性は何かということになるのだが。
 
まあ、特別支援教育がラベリングを進めたことで特別支援学級の定員の増加が見られ教員養成は追いついていない状況。やはり、専門性の問題に向き合うわけだ。検査を通じて認知特性を理解できる教師は数パーセント。(自分標準で考えると1%に満たないとここは田舎なので)。きっと後輩でもダメだししちゃうな。
 
インクルーシブ教育は、どうしたら可能になるのだろう。みんな考えたことがあるのだろうか?教員採用試験で是非、問いて欲しい質問だ。
 
特別支援教育がなんとなく本格化したふりをし、障害者差別解消法ができたとしてもインクルーシブ教育というゴールにはたどり着かないよな。学校現場はインクルーシブ教育には向き合っていない。校長たちも語るけれど、何もアクションを起こせないよね。S市なんかは旧態依然。
 
合理的配慮ですか差別の撤廃であってインクルーシブには距離があるよね。
 
インクルーシブ教育を進めるうえで結局は、“人”なんだろうと。
 
なぜ、なんちゃってが可能となり、のんびりといろいろな子どもとたちと向き合えるのか。
 
きっとこの辺りをぷりずむの講演の前座に持ってくることにしよう。地元では話せないのでね。


そうそう、今日関西のお友だちからやる気如来をもらった。
ほんとやる気は、どうすればいいかね。研究としては最高に面白い。
ある子どもが、やる気のできる薬を発明したらノーベル賞ですねと言った言葉が思い出されるね。


 


nhlgldac at 21:27|PermalinkComments(0)日記 

2015年05月26日

インクルーシブ教育とラベリング〜特別支援教育はどこに行くの・・・彷徨う思考

早朝に目覚めてしまった。その後、眠れずに悶々としていた。

そんな時に限ってネガティブループにはまる。

起きて、書物でもすればいいのだが。6月のスケジュールを見てため息をついている。天秤座はごめんなさい。そんな1日の始まり。

 

昨日のマイノリティの話を旭川での公演の導入にと考えている。イメージしていることを文書に。

 

発達障害が7人に1人って14%ですね。頭わるーい。この数字はどこからきたのか?なのですが。

 

教育現場で特別な支援を必要としている子どもたちは6.5%。引き算すると7.5%が特別な支援を受けられずに大人へとなっている。大人になって診断を受けるケースが増えている点から7.5%の人たちは診断を受けていないと考えていいのか。

 

この展開で行くと

 

自分も周りも気づくことなく大人になるわけ。大人が診断を受けたきっかけはなんだろう。仕事がうまくいかず、自分から疑問を持つ人もいれば、結婚して家庭生活を営む上で相方の方が、あれれこの人どうなっているかと思うわけだ。おそらく日常生活や学校では目立った問題が露見してこなかったと言える。

 

こうなると早期発見・早期治療が必要になると。いや、そんな話ではないのだな。

 

気になったのは14%という数値。発達障害に対する閾値がどんどん下がっていると印象。以前は特定不能の広汎性発達障害ということばが使われていた。ちょっと自閉っぽいかも。そんなニュアンスで使っていた。ちょっとコミュニケーションが苦手かも、でも診断がつくほどではないよね。どうも「〜っぽい」と人たちまでラベリングされているのではないかという危惧。

 

マジョリティの世界がちょっと違う人たちをラベリングして線引きをしている。多様性を受け入れない環境。それに特別支援教育は一役かっている。この間の特別支援学級の在籍数の爆発的増加をみると頷ける。

 

わわわわわ。ますます混沌としてきた。カオスだ。

 

そう「万人のための教育」とか「インクルーシブ教育実現」という目指すべき姿いつのまにかぼやけてしまった。ラベリングによる線引きだけが進んでしまった。多様性を認めることこそしなやかな社会を創る。

 

やっと思考が収束方向へ。

①インクルーシブ教育は進んでいるのか?進まないのはなぜなのか?必要以上にラベリングされていないだろうか?ラベリングしないと子どものニーズに応じた教育ができないのか?特別支援教育は、障害を持った子どもたちの教育なのか。

②ラベリングの問題。ラベリングをしたから、診断名が分かったからといってその人を理解したことにはならない。その人なりの心の有り様を知らんことには手の打ちようがない。

 

ということで。

 

えーい、今日はここまで。



nhlgldac at 20:03|PermalinkComments(0)日記 

2015年05月25日

マイノリティに対する特別な支援〜マイノリティとはヤマト発進〜

カウントダウンの月曜日。残り146日。そもそもこの数字は妥当なのか?延長だけは避けたいね。

それでなくても暗い週明け、忘れ物をしてしまった。でも嬉しい話も。

作新学院の講座は7名のギフママの申し込みがあったみたい。ありがたいことですね。当日は上野泊りなので7時くらいまで餃子とビールでオフ会を。

 

さて

文部科学省から「性同一障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」がだされた。性的マイノリティに対して特別な支援を認めるということ。制服や髪型、さらにトイレや更衣など。

 

ある意味「性的マイノリティ」に対する合理的配慮と考えてもいいのか。

 

知的ギフテッドのアンバランスさや出現率から考えたら、明らかにマイノリティと考えてよいのか。マイノリティについて調べようとしたら、栗原類君がADD注意欠如障害を告白と。彼も異なる世界を持っていると思っていたが、記事を読んでいるといろいろと併せ持っていそう。その意味で彼もマイノリティと言えるのかな。

 

相方から「録った」との連絡が。番組を見たが類くんは素敵だね。自分と見つめ合えることの大切さ、それを周囲が援助してくれることの大切さを語っていた。

 

発達障害が7人に一人とか、13%というのは、かなり疑問なのですがね。連続性という視点で考えたら拡大解釈をしているのではないのかな。自分のカテゴライズにはまらない子を発達障害とラベリングする。

 

おっとっと。本題に戻るのだ。

マイノリティとはなんぞや、教えてGoogle先生:社会的少数者であって、多くの場合、そのグループの一員であることによって社会的な偏見や差別の対象になったり、少数者の事情を考慮していない社会制度の不備から損失を被ることを前提とした呼称であり、「社会的弱者」にも近い概念であるといえる。

 

ギフテッドは障害かという質問を受けたことがあるのだが。

うーん、知的マイノリティというのはどうだろう。高い知能とアンバランスを並存している。そのため学校の中で不利益を受けている。残念ながら、適切な教育や相談が行われていない。

 

大気圏を突き抜けて宇宙に出たら楽になるかもしれないが、狭いしがらみを抜け出すまでにたくさんの仕掛けが必要。宇宙戦艦ヤマトではないが、補助エンジンはおまけ、波動エンジンが稼働した瞬間、さらば地球よと。

nhlgldac at 20:02|PermalinkComments(0)日記