2015年04月

2015年04月30日

仮面出社拒否と実行機能と知的ギフテッドー謎は宇都宮だよー

昨日はビール園が激混み。ビールやお肉が滞り。最後にエビスの樽生4杯とからいも頼み、一気に飲んだ。結局、ダメ人間が完成してしまった。その後は、無為な時を送ってしまった。反省はするのだが行動が伴わない。

 

ビール園で飲みながら、相方に620日から3週続く講演に関する指摘があった。確かに気がつけば…。相方にこの連休で論文はほぼ書き上げると言ったら、一笑にふされた。見ていろよ、やればできる子というのを見せてやる。ちなみに本の執筆が6月からだったかな?

 

実は、ジョンとの会話からいわゆる不純社会人が職場や仕事に適応しているように見えるが実は不適応を起こしている。仮面出社拒否。でもひとまず働きにくのは実行機能の中の抑制能力。家族を食べさせなければというのが、抑制の原動力。バークレーさんの未来思考とも結びつくわけだ。どちらかというと現実思考かな。今、働かなかったらどうなるか?その点が見えるわけだ。

 

不登校の子たちも今、何をしなければならないかは分かっている。でもできない。不純社会人みたいに、強力な抑制が働かないわけだ。キャリア教育なんて言うけれど、ガキの頃から将来を考えるなんて無理だよな。

 

twitterで知的ギフテッドは不登校が多いのは?という問いかけがあった。

 

そこで、一つの物語として「知的ギフテッドは実行機能の中でも抑制の能力が弱いというよりコントロールが苦手なために学校の枠組みにはまらない。そのために不登校に陥りやすい。もっとも学業で心的抑制が求められるのが百ます計算や漢字の書き取り、英語ではスペコン。子どもたちにとっては苦行。それを生じさせているのはバランスの悪さ。GAICPIのギャップ。抑制が効かないから高い結晶性知能や流動性推理を示す。彼らは抑制が効かない分突き抜けていく。それが東大先端研の異才発見か。抑制が外れることで様々なクリエーティブな思考が生まれる。」

 

宇都宮で知的ギフテッドの今までの考えてきたことをまとめて話すことにしよう。WISC-ⅣのGAICPI、ワーキングメモリ、実行機能、同時処理と継次処理・・・それが繋がることで知的ギフテッドの姿を明らかにできればいいな。

 

ちなみにですね、仮面出社拒否は実行機能の抑制能力の脆弱性。実は知的ギフテッドにも繋がる。学校社会で望まれるのは抑制能力。それは同質化にも繋がる。なんで、自分は異質のまま社会生活を営んでこれたのか(笑)興味深い。きっと突き抜けたから楽になったのだろうな。

 

この謎は宇都宮かな。えーと北斗星がとれたらですがね。

 



nhlgldac at 20:34|PermalinkComments(0)日記 

2015年04月28日

RTIとユニバーサルデザインで毒を吐きたい…その前に馬鹿な…

今日はRTIについて語るつもりだった。いつの間にかユニバーサルデザインが、メインストリームになり、RTIはほとんどマイノリティの世界。確かにユニバーサルデザインは聞こえがいい。弱者にも優しい社会は、みんなに優しい社会。本当にそうなのか?これは、かなり怪しいよね。その上、合理的配慮が法制化される。

 

ユニバーサルデザインを意識した教室とか見ると。時には視覚に訴えたり、刺激を排除したり。それって誰のためのデザインなの。それぞれの異なる認知特性が共通する受け入れやすいデザインは、共通するわけがない。合理的配慮も、結局は個別化よりも般化の道をたどるかも。


土曜教室は、般化という作業をしてこなかった。経験値としては積み上げるが症例をカテゴライズして、このパタンにはこの方法論がという援助はしてこなかった。その意味でいろいろとぶつかった。(この話は棺桶まで持っていかないと)一人一人の多様性をお互いに認めることで、素敵な3月の彼ら、彼女らとの飲み会ができた。

 

ばんちゃんが登山の車の中で、二次会で子どもたちが土曜教室を振り返りながら語る場面は良かったとしみじみ言っていた。あれは最高のご褒美だよ。報酬系ですね。あの報酬が得られるなら臨床を続けたいな。

 

ちょっとずれました。

 

般化を否定はしない。かなり自分を偽っていますw。基本が診断名よりもその子を知ることが大事であり、カテゴライズよりもその人が物事をどのように捉えるかを考えることを考えてきた。

 

その意味で、自分が活かせる場はどこだろうと考えるのだ。土曜教室やぷりずむの登山は、自分の中で達成感が得られるのだが。日常達成感がえられないのはなぜだろう。職場が課題目標となり得ない。だから認知的構えができない。日常はマインド・ワンダリングの嵐。向いていないとうこと。

 

そういう文脈で今日は勧奨退職の書類をもらった・・・これ以上はtwitterの鍵垢だな。バリィさんみたいに毒を吐かんと体内に溜まってしまうξ(*・ω・*)3

 

子どもにとっても大人にとっても、自分の生かせる場所とはどこか?悩ましい問題。

 

子どもには、学校に行くことよりももっと大事なことがあると言える。でも大人には、特に家族を持っている人間には仕事や家族よりも大事なことがあるとは言えない。ひとまず「抑制」をはたらかせせましょうね。いつか宝くじが当たるまで。



nhlgldac at 21:06|PermalinkComments(0)日記 

2015年04月27日

学校や仕事に行きたくない心を科学する〜抑制機能の脆弱性〜

月曜日は学校行きたくないと仕事行きたくないという仲間がたくさんいる。うれしい。

 

「行きたくない」について科学することに。自己弁護というやつですね。屁理屈ともいいますね。

 

学校や職場で学習や仕事を頑張るというのが課題目標としてなかなか成立しにくい。だから認知的構えができない。そのためにマインド・ワンダリング起きる。ワーキングメモリの脆弱性ですね。なかなかセルフコントロールができない。仮に、学校や職場に来ても、帰ったらないをしようか、山に行きたいなとか。好きな本を読んでいたいなとか、ゴロゴロしていたいなとか。自分のやりたいことが頭の中で浮かんで来るわけだ。

 

学校で考えてみよう。子どもたちにとって、学校に行くのが課題目標になりえない。そのため、登校することに対する心的構えが形成しづらい。決して、学習に対しての心的構えができていないわけではない。学校での学習が課題目標にならないのだ。この点が知的ギフテッドにもかぶりますね。

 

実行機能から見ると抑制が大きく関わるわけだ。学校や仕事に行きたくなくても抑制が働くことで、嫌々でも行くわけ。そう考えると抑制機能は社会の中でうまくやっていける力。バークレーさんの実行機能を思い出すね。未来志向とも結びつく。

 

ワーキングメモリや実行機能において最も大事な能力が抑制する力。マインドコントロール。問題解決能力、プランニング、推論などの高次な能力が高かったとしても、コントロール不能だと周囲からは残念能力とみられる。

 

おっと文脈がワンダリング状態。ワーキングメモリにもどることに。

 

学校や仕事に行きたくないは、ワーキングメモリの脆弱性ある。では、不純社会人たちはなんとなく仕事を続けているのはなぜか?ある意味最低限の抑制が働く、それは生活していくためには致し方ない。不純社会人の最低限の抑制は、最低限の働きではなくコストパフォーマンスを実現する。少ないコストでそこそこのパフォーマンス(笑)

 

今日は精神的にゲシュタルト的崩壊を起こしました。抑制が崩壊しとるな。

 

走りながら考えていたのは、高次な能力が高くなくて抑制の効かない子どもはどうなるのだろうか?抑制を育てるトレーニングは可能なのか。「ワーキングメモリと教育」には、実行機能とワーキングメモリのトレーニング研究で語られている。個人的には「◯◯因」が大きいかな・・・ここはエビデンスに基づいて語ることに。


なんちゃってですからね。


nhlgldac at 20:01|PermalinkComments(0)日記 

2015年04月26日

ワーキングメモリと心の構えについて考える〜今日の朝活〜

筋肉がピキピキと言っている。走るために使う筋肉と登山で使う筋肉は明らかに違うのだね。

さて今日は「構え」について。1日の輪読会の文献も「ワーキングメモリと認知の構え」ですね。

 

土曜教室のミーティングでしばしばボスが「構え」について語っていたのですね。特に武術系のサークルに入っているメンバーに問いていたのね。なぜ構えをするのか、そこにはどんな意味があるのか?武道的には「身体のそなえ」、剣道では正眼の構え。広辞苑にはいくつか書かれているが「準備を整えること、思慮・工夫を十分にめぐらすこと」。課題に対してスイッチが入るという状態。

 

実は、武道だけでなくて構えは日常の生活に密接に関わっている。人の話を聞くときにも、車を運転するときにも、勉強する時にも。「あー、今なんて言ったの?」とかいう場面はしばしばあるはず。ついつい見落とす場面や。それは「構え」ができていない。

 

さて「構え」とワーキングメモリについて考えることに輪読会で使う斉藤さんは、認知の構えをより一般的な用語として「心の構え」とし、「心の準備状態」を意味すると。準備状態が出来上がることで課題に有効にのぞむことができる。

心の構えが出来ていないと課題が達成できないわけだ。

 

そうなるとですね。この点は、ワーキングメモリおいて最も核心の部分であるわけだ。何を言いたいかというと勉強においてもっとも重要なのが「心の構え」ということ。

 

斉藤さんは、近年のワーキングメモリ研究では、課題目標の保持というワーキングメモリの働きに注目し、課題目標に従って形成される認知の構えが我々の日常生活において重要な役割を担っている。さらに、課題目標の保持と認知の構えは、あらゆる学習活動を根幹から支える心的機能。


ここではたと考えるわけだ。「課題目標」が設定できないと「認知の構え」ができないと。それは学習活動から逸脱してしまうということ。当然のようにマインド・ワンダリングへと。

はい、WISC-ⅣやWAIS-Ⅲで測定しているのは低次な部分でしかないわけ。それも聴覚性ワーキングメモリ。ワーキングメモリはとっても深いですね。

ということで朝活終了し、いよいよ論文へと。

子どもたちに猫耳さんをつけて授業をしたら面白いデータがとれそう。



nhlgldac at 10:35|PermalinkComments(0)日記 

2015年04月25日

ごぶサタ山楽部の例会は幻の三角山〜遊びも研究もテーマはシンクロ〜

今日はごぶサタ山楽部の例会があった。三角山登山。6名の参加。

 

えーと、ですね。昨夜、装備とか準備したのですが、ちょっとなめていました。

登山道から三角山をスールーして大倉山までたどり着き、一休みしてから奥三角山へ。これがなかなかしんどいルートだった。その上、マップを持っていなかったのでルートがぶれてしまった。

 

今回の登山は子どもたちの引率もなかったし、三角山ということ、まあジョンがいるかということで地図も装備も適当でした。ジョンが大倉山でジョンジュニアとお留守番になった時に地図を借りればいかった。おいらも準備はしていたが、大倉山まで。超反省です。

 

実は大倉山から奥三角山のルートは、結構ダメージを受けたのだ。下山してから左右の足が痙攣していた。4月になってから、左方を痛いめたので80キロの走り。やはり登山で使う筋肉とジョギングは別物。

 

山自体は、ほんとこの時期に登るには楽しいかも。ちょっと、時間あるから登ってみようかとか山頂から夕日を見るかとか、そんな登山にはいいかな。

 

ちなみに、三角山をスルーしてしまった。で近いうちに脱獄してプチトレランをして山頂に行ってこよう。

 

戻ってきてから酔っ払いになってしまった。今日はそろそろお布団へ。

 

お家まで迎えにきてくれたばんちゃんや付き合ってくれたみんなありがとう。

ふと思うの。みんなと遊べるのはいつまでだろうと。あと10年くらいは遊んでいたいな。

人生は遊ぶためにある。そのために仕事をし、努力する。

 

研究は人の心を探す。そして向き合った人たちと共感したい。シンクロできればすぐのステップに。

 

エビビデンスと共感性ですかね。

 

それを作るのはね。怪しいシステムではできないのさ。だから一踏ん張り。

nhlgldac at 19:55|PermalinkComments(0)日記