2015年02月

2015年02月27日

不毛のセーター編む人とたちとは決別かな~おいらは次のステージへ(爆笑)~

 1月末からの10年に一度の嵐も終わり、日常が戻ってきたようだ。まあいいかこれで正式に春から隠居できるわけだし。最初の登山は、伊達紋別岳。タイミングがあえばシラネアオイの群生が見られる。予定を組み始めよう。
 
 そうそうギフママ(決して岐阜に住んでいる母ではない)から「ギフティッドカンファレンス2015」のお誘いを受けたのだが、3月28日はニセコで春スキーと温泉、次の日洞爺湖温泉へと。相方がニセコなら一人で遊んでいられると言うので。
 
 北海道に住んでいると東京に出かけるのが億劫になる。飛行機嫌いで、その上大好きな北斗星はなくなるし。往復飛行機なんて最低だよね。
 
 ちなみにカンファレンスのテーマは「ーInspire the Gifted―」ギフテッドをインスパイアする。「インスパイア」はホンダの乗用車。昔の話だね。ギフテッドの子たちが、他の事や人から刺激を受けてやる気になること。何かを契機としてはっと気づくこと・・・そんな感じですかね。
 
 ボスが、7日のシンポの時に彼らに対して「本物を見せる大切さ」という話をしていたが、「インスパイア」に通じるね。本物を見せることによって、世界観が変わる。土曜教室での研究室訪問や本格的な登山もそうだよね。登山仲間のJKが最初に本格的な山に登った時に自分の中で何かが変わったと。通常では見られなかったり、感じられなかったりすることで、生み出される。怪しい心理学ななってきた(笑)
 
 案内を読みながら考えたのはギフテッドとは?日本ではどのように進めていったらいいのだろう。学会の時にもギフテッドの定義について議論は、着ることのできない不毛のセーターを作るだけだから避けようと。そこで、「知的ギフテッッド」としてWISC-Ⅳをツールとして考えたのだが。ギフテッドという山頂は今のところ見えていないが、きっといろいろな登山口があるのか等思う。おいらは土曜教室とごぶサタでの学びをコンパスにして認知神経心理学コースからぼちぼち登り始めている感じかな、山頂はどうなっているのだろう。実はギフテッド連峰になっているかも。それが一番妥当だよね。
 
 温泉に浸かりながらそんなことを考えていたのだ。
 
 でもね、貧困と教育と犯罪の連鎖は考えないと。日本ではターブだよね。敵を作るかもしれないが大事だよ。保護要因だね。保護されないで育つ、どうなるのだろう。
 
 人は真っ当な援助をもらわんと育たないのだ。
 


nhlgldac at 21:32|PermalinkComments(0)日記 

2015年02月26日

レッテルを貼るよりも一人ひとりのこころを知ること

昨夜から絶不調。この時期必ず制御不能に陥るのだ。休める環境なら休んだのだが。社畜ではないのですがね。休める環境にはないので賃労働をしてきた。

 

パーティーもいつの間にか大人数になってしまった。ボスには諦めてもらって、上野のパンダさんをしてもらうことに。みんなに会えるのが楽しみだな。

 

さて不調な時には、のんびりと読書でもしよう。

メル・レーヴィンを読んでいた。やっぱり面白い。彼は、100人いたら100通りの異なるこころ(mind)がある。診断名というレッテルを貼るよりも、一人ひとりこころ(mind)を知ること。一人ひとりのこころ(mind)が違うのだから、それに見合った支援を、いわばオーダーメイドの教育を一貫して訴える。彼が、こころ(mind)を知るツールが神経発達システムが存在する。


彼は語る。

 

「あなたならもっと上手にできるわ」「やる気になればできるのよ」「あなたの問題は、能力じゃなくて態度よ」などと繰り返し言われ続けていたら、どんな悲観的な人間になるだろう。・・・努力が足りないから勉強ができない。

 

 メル・レーヴィンは、大人や先生たちは勉強ができることが大事で、勉強ができないのは罪だという考えを子どもたちに刷り込んでいると。本来、子どもたちは素敵な長所を持っている。長所を潰している、もしくは育てられないのは大人のせい。

 

そして、メル・レーヴィンは語る。「重要なのは、それぞれの子どもの長所や特性と、その子が神勢の途上で陥りやすいと思われる落とし穴をはっきりさせることだ。教育とは、一人ひとりの子どもの弱い面を手当てし、長所を伸ばしてやること」

 

やっぱり読みごたえありだね。

 

今日は不調なので、早々に撤収します。

 



nhlgldac at 19:36|PermalinkComments(0)日記 

2015年02月25日

「ひとりひとりこころを育てる」を読みなおす意味~晴れたらいいね的~

昨日、メル・レーヴィンの「ひとりひとりこころを育てる」を再購入した。日本特殊教育臨床心理学会で輪読会をと書き込んだら、2名の方が「ポチった」とのつぶやきが、さらに2名の方の輪読会に関心を持ってくれたようだ。残念ながら、おねいさんからのオファーはなかった。

 

 メル・レーヴィンは本の中で、「勉強のできない子どもたちが勉強について教えてくれたことを」を副題として考えていた。彼は「学習障害を研究する過程で、人間の学習というものの本当の成り立ちという非常に一般的な問題と、その問題のこれまでの暗がりの部分に強い光をあてることができたのだ」

 

 メル・レーヴィンは、「こころ(mind)」を「注意制御、記憶、言語、空間秩序、順序、運動、高次思考、社会的思考」の8つの神経システムと考えた。この考え方は、ガードナーの多重知能やCHC理論にも繋がるわけだ。

 

 この本は、保護者や先生向けのやさしい本と書いてあるが、読みこなすにはかなりの知識が必要となるのだ。だからこれだけ質が高いにも関わらず増刷されなかったのはその点にあると思う。おいらも読みこなせなかった。

 

 何年か前に「空間秩序、順序」は「同時処理と継次処理」であることに気づいた。頭悪すぎ。この本に出会った12年前に比べたら、おいらも少しは賢くなったので読みこなせるかな。以前は読みこなせなかった論文や文献が、今は読めるようになった。知識ベースが増えたからね。ドリカムの「晴れたらいいね」状態。

 

 今、密かに妄想を繰り広げているのが、「同時処理と継次処理」の話ではないが、8つの神経システムをXBAで測ることはできないかと。WISC-ⅣとKABCⅡを使うと可能かな。CHC理論と下位検査かなり見ていけると。そうなると本格的に研究所を開かんと(笑)なきうさぎ研究所からはオファーがないみたいだし。

 

 そろそろ4月以降の計画を立てないと。輪読会のスタートは5月1日(金)かな。月1で土曜日にじっくり読み合わせもありだな。6月、7月、8月、9月はごぶサタ山楽部登山ですね。6月は富良野岳の山開きに合わせてぷりずむで話をするかな。ボランティア支援員養成講座で話す内容を8つの神経発達システムに絡めて話をするかな。その前に1度学習会と検査一掃に出かけんとな。




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2015年02月24日

検査データも子どもの困難も分析できん専門家って何をエビデンスにして臨床をしているの

週末、やっとギフテッド・LD発達援助センターのCEOとして相談を受けていたケースを返すことができた。たいしたレポートではないのだが、それぞれの子どもに何が起きているのか考えているうちに時が過ぎてしまった。
 
みなさんありがたいことに、必ず「いそがないので」と書き加えてくる。これって、ぷりずむのA塚さんもそうだね。そろそろ大雪山にケースが溜まっている頃だろうな。一度、湯葉鍋食べ方々、在庫一掃に行かんとな。
 
今回のテーマは「検査データからも子どもの困難も分からん専門家って何をエビデンスにして臨床をしているの」と書こうと思った。長かった。

センターに送られるケースは、会ったことのない子どもばかり。保護者の書いてきたエピソードと検査のデータと付け合わせながら作業するわけだ。それだけに慎重に分析にあたる。エビデンスに基づいているかというわけでもない。時には、少ないデータと子どもの状態から深読みをすることもある。言葉としは、可能性の一つとして。
 
本来なら、その地域で検査をとった機関がきちんと対応すべきだと考えている。大体、自称フリーサイコロジスとみたいな怪しい人間に声をかけなければならいこと自体が真っ当ではない。保護者の方の、いかに覚悟して連絡したか。
 
知的ギフテッドという言葉は、日本ではマイナーなのは十分承知している。多くの専門家は「知的に高い人たちね」程度の認識だと思う。ただ、LD学会のシンポが140名近く入り、北大でのシンポが40名。少しずつ潮目は変わってきていると思う。
 
知的ギフテッドがわからなくても、WISC-Ⅳの検査結果を見た時にトータルなIQが平均よりも高くても知的アンバランスを抱えていれば、多くの困難を生じると考えられわけだ。実際に子どもを見ているのならなおさらだと思うのだ。検査結果と子どもの困り感を付け合わせれば、自ずと答えが見えて来ると思う。そこから援助が始まると思うのだが。
 
昨日、切れていてfacebook保護者が心配になりある相談機関に行くと「IQは平均より高いし。障害があるなんて思いません。もっとお子さんを信じてあげてください」・・・保護者は自分の子どもの抱える凸凹とそれから生じる困難を一番わかっているのだ。
 
「カタギー久しぶりの登場」
これは「お子さんは普通ですので私はなんにもしません。大丈夫,何も配慮しなくていいですよ」と言っているのとおんなじですね・・・。保護者は困っているから相談に来たのに,逆ギレされて説教ですか。こういう人確かにいます。。。。
「おいら」
そういう専門家に限って、保護者が自分の子どもために必死に集めて行った資料に目を通すことなく。「私は、専門家、この程度のことわかっています」という顔をして押し返すんだよな。
 
というわけで、毒を吐きました。毒を吐いた後は、真摯なおのれに。
 
 今日はメル・レヴィーンの「ひとりひとりこころを育てる」が届いた。おいらの臨床のバイブル。最初の本は、大学の研究室で朽ち果てているのかな。魂はパソコンに。でもやっぱり、手元に置いておきたい。日本特殊教育臨床心理学会の月例会輪読会をつぶやいたら、購入希望が2名。
 
これからのテーマは「Special Needs Education for All


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2015年02月23日

「臨床・研究を通して土曜教室の意味を問う」ボス退官記念シンポの企画だよーん

今日は21日の企画書をしたためていた。
3人は博士課程の切れ者なので、ちょこっと喋っただけで素敵なスライドが出来てくるはず。ちなみに7日のシンポを若手といったが、今回の方が若いのだ。最近気づいた。
 
さてこんな感じ

1998年11月学習障害児の理解と支援を目的に立ち上げた土曜教室が214日に16年の幕を閉じた。

 土曜教室子どもの抱える困難を個々の認知特性と結びつけながら支援の在り方について実践を重ねてきた。私たちは、土曜教室という「場」と「子どもたち」から多くのことを学んだ。土曜教室は、特殊教育臨床心理学ゼミでは基礎研究と臨床実践をつなぐ架け橋となっていった。

 

2月7日の土曜教室シンポでは

◯土曜教室の学びは、エビデンスに基づいたアセスメント、IEPの作成目標に基づいた学習支援、そして見直し・修正というPDCAを実際に学んだこと。支援方法に迷ったら目標に立ち返る。
◯多角的な視点で一人の子どもを見ることができたこと。その場に、スパーバイズする人間が多数いたこと。

 ジョン氏は「よく考えると、社会学、社会福祉、発達心理、臨床心理、生理心理etcをそれぞれ専攻する人間たちが1人の子供についてアセスメントを考えるって贅沢だったなぁ。」とつぶやいていた。(もう少し大学の時に贅沢を堪能すべきだったな)

◯保護者との貴重な関わりを学ぶことができる

  指導する立場ではなく共に考えるパートーナーとして

 そして若者たちは言う
◯特別支援教育は支援が必要なすべての生徒に必要な支援を行う。その意味で「特別」は不要なのでは
◯特別支援教育のハードルを低くしていくことの大切さ・・・インクルーシブへと
 
 願いは「万人のための特別支援教育」ぱくりました。その時は、特別支援教育は当たり前の教育へ。
 

土曜教室での学び(臨床研究と基礎を繋げたか)、それをベースにしてそれぞれ3人が現在、活躍している領域でどのように向き合っているのかを話題提供していただきたい。

 

なんちゃって、あとは三人に勝手に任すことに。7日のシンポに加わるのは、「研究」という視点。我がゼミの看板を背負ってね。

 

 晢ちゃんとボスにに指定討論をしてもらい、土曜教室の意味を個々に噛み締めながら、午後のボス講演「土曜教室論~子どもたちからまなんだこと~」のへと橋渡しとするのだ。



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