2015年01月

2015年01月31日

知的ギフテッドの支援、現状では土曜教室が必要だな

昨日から本気モードで三面六臂の活動をしている。ちなみに二面四臂はお休み中だが。ひとまず来週のシンポは無事に脱スラした。

 

スライドを作りながら考えていたのは、知的ギフテッドの支援する人はどんな「人」がどのような「場」で行うのかという点。一昨日のバリィさんの話ではないが、特別支援学校で教育実習をしているうちは、ここの認知特性に応じた学習支援、それも高い知的能力の子どもたちのニーズに応じた支援なんて想像もできないだろうな。体力作りと生活単元学習と作業が、特別支援教育の枠組みと考えて現場に出てしまうのも致し方ないのかな。

 

バリィさんの違和感もここにあるのだと思う。おそらく、次週の若手シンポの土曜教室から特別支援学級の教育をというテーマにもつながる。

 

知的ギフテッドのスライドを作りながら考えていたのは、特別支援教育の教員養成を受けてきた人間には、パラダイムシフトがない限り知的ギフテッドの支援は難しいということ。理解しようという先生はいるかもしれない。でも、そういう先生の学びを支える場すらない。

 

自分の中では、知的ギフテッドのWISC-Ⅳの認知的特性と困難の関連、そして教育モデルと支援についてまとめたのが、次のステップが。得意のパタンは、さらなる臨床研究と専門家の育成が望まれるなんちゃってワンパターン。でも誰がどのように具現化していくのか?

 

現状の特別支援教育の教員養成やシステムでは人も場も確保できない。となるとやはり土曜教室ですか。そこで心理的教育的支援と臨床研究と人材育成をする。

 

今日は夕方から土曜教室の後輩との鍋パ。ボスの退官パーティの話やらこの先の話について語り合ってくるか。



nhlgldac at 14:21|PermalinkComments(0)日記 

2015年01月30日

なぜ知的ギフテッドをWISC-Ⅳで考えるのか

パソコンが戻ってきた。やっとサクサクと仕事ができる。いやいやサクくらいまでか。気になっていた環状のスタバにやってきた。高校生に混じってノマド。ちと若物4人組がうるさい。笑い声がうるさい周りに人はいるんだぞ。

 

2月7日の研究会のスライド作り。今まで妄想をまとめるだけだから、前段はそれほどこまらない。WISC-Ⅳの知的ギフテッド臨床群のデータと先行研究から特徴をまとめ、知的ギフテッドの教育的モデルを示す。そのモデルの前に何が彼らの困難を生じさせているのか。特異的学習障害もしくはディスレクシアの存在。そして支援の道筋をなんちゃってエンリッチメントプログラムの登場だね。最後に大風呂敷の北大異端研のサマースクールなんてできればいいなと。

 

出来上がりつつあり、明日一踏ん張りすればなんとかなりそうな勢い。論文としての体裁を整えないとね。

 

あー最初に「なぜ知的ギフテッドなんだ」という話だよね。忘れていた。

 

特別支援教育が整備されてきて、知的に遅れを持つ子どもから、より多様なニーズを持つ子どもたちへと対象を広げてきた。しかし、高い知的能力を持っていながらも、学習や日常で困難を抱える子どもは多数存在している。日本においては、ギフテッドに関する定義が存在しない。おそらくこの10年動くことはないだろう。

 

現状で困っている子どもたちを救うには今の特別支援教育のルートにのせること。

 

そこで、最もポピュラーであるWISC-Ⅳの検査を活用しながら知的ギフテッドの認知特性を同定しつつ、教育モデルとして支援の対象へと考えられないかといことだよ。明らかに知的ギフッテドの子どもたちは適切な支援を必要としていることを示すのが本論の目的になるのだ。

知的ギフテッドの支援を考える上で、彼らの示すWISC-Ⅳのプロフィールから認知特性を把握し、学習の困難を関連付けることで、支援の必要性を示すことができる。

 

 

ギフテッドに対する教育は、一人の子どもの教育的ニーズ(凸凹)に応じてカリキュラムを作るという意味で、実は特別支援教育の究極の姿ではないのだろうか。

 

ということで今日のノマドを終えることに。高校生のみなさんお勉強を頑張ってくださいね。おいらもこれから3週間は気合を入れますW



nhlgldac at 20:32|PermalinkComments(0)日記 

2015年01月29日

特別支援教育と作業学習~オーダーメイドの教育~

パソコンが戻ってきた。昨日からクロネコさんとにらめっこ今日のお昼にストアに到着。これで一安心。明日からガンガン仕事に邁進なんちゃって。今は、ひたすらアップデート中。明日だな。
心ときめくメッセージが(笑)そろそろしゅう活を真剣に考えるか。

今日は、バリィさんのつぶやきから。

「養護学校の作業のビデオ。作業の練習なんか学校でして誰が得するんだろ」
「教室の前に貼り出されていた、働ける人になろうっていう標語に違和感を覚えた」
「普通の教室を改造した作業の部屋。何のための学校なんだろう」
「土曜教室ってかなり貴重な経験だったんだと改めて実感」
とっても新鮮な感想。ぜひ、7日のシンポの指定討論の前に4人のシンポジストに質問をして欲しい。

少し、彼のつぶやきを考えてみたい。彼は、土曜教室という場を体験している。そこでは、こどものニーズや親の意向、そしてスタッフの考えを交えながら支援をすすめていく。子どものニーズで教育内容が柔軟に変わって行く。

でも彼の見たビデオの学校では、作業学習がメインのビデオ。特別支援学校や学級において作業をするのは誰のニーズなのか。学校や先生のニーズなのか?

文部科学省は、領域や教科を合わせた指導として作業学習を位置づけ「作業活動を学習活動の中心にすえ,児童生徒の働く意欲を培い,将来の職業生活や社会自立を目指して総合的に学習する指導の形態」と。そこには、知的障害の子どもたちは、経験や学習の積み上げが難しく、より生活に密着した実際的・具体的な内容の指導が有効と。小さく傾いたまな板にどのように、うまく引っかかるように考えられた教育。

そこで疑問が生じる。知的障害を持っていない子どもたちまで作業学習なのかと。知的障害と異なり学習や経験が積み上がる子どもたちにも作業学習なのか。きっとその点の違和感ですよね。

どうも仙界で暮らしているうちに下界では、中学校だけではなく、小学校の特別支援学級まで作業学習をしている。つまるところ個々のニーズに基づいた教育ができているのか?特別支援教育は従来の既製服にあわせた教育ではなく、個々のニーズに応じたオーダーメイドの教育が求められるのだ。

今は、難しいかもしれないが。






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2015年01月28日

知的ギフテッドと絵の抹消…なぜ検査をするのか自問自答

AIRが返却から発送済みへと。朝は厚木の黒猫くん。明日には手元に届くな。どの様になっ戻ってくるのだろう。週末頑張れば、スライドの方はなんとかなるかな。真っ白になっていたら、修復にかなり時間が割かれるな。
さーて、以前から絵の抹消がなぜ下位検査にあるのか気になっていた。下位検査間の内部相関も小さい。g因子との相関も最も小さい。WISCモデルでの解釈、さらにクラスター解釈に取り組んだとしても絵の抹消は下位検査単体でしかない解釈できない。
となると、CHC理論での解釈をするのであれば絵の抹消をのぞいた14の下位検査で十分なわけだ。検査をやっていく中で、注意や衝動性に課題をかかえていればとるかもしれんが。
知的ギフテッドに関しては、それほど必要性は感じられない。あーやっぱり絵の抹消は苦手だよねと。速度は、知的ギフテッドにとって重要ではない。彼らを理解する上でのキーワードは熟考。
絵の抹消の得点の高い人は、瞬時に判断をする。迷いがない。低次な段階で処理が終わる。でも知的ギフテッドは、より高次な段階までの進んで処理をする。知識が豊富だから、色々と検索と推論を働かせるからね。
うーん。うなっておこう。
久方ぶりに検査をして、どてっと疲れた。検査って深いなと。しみじみと思うね。そうか、自分で検査するのは少なくなった…いやいやケースから考えると稀だね。分析メインの心理屋さんになってしまった。
世間話と検査の痕跡から、学びの困難と突破口を探る。しんどいながらもいくつか突破口が見えた。ていねいに分析して、認知学習カウンセリングまで結びつけられればいいのだが。どうでしょうね。子どもよりも、おいらが試されるんだろうな。
汝に問う「なぜおまえは検査をしたのだ」…「その子をなんとかしたいから」…「可能なのか」…「わからない。でも方法はあるような気がする」…「それを探るのが心理屋の仕事だろう」
ということですね。検査は、対象の子どもではなく検査する人間が試されているのだ。隠居としては、なるべくなやりたくない。
週末からは三面六臂阿修羅のごとく働くはずだ。土曜日のたぢけんのパーティも、「止めてくれるな日本酒くん、おらには研究が^_^」と言いながら早々に帰るはずだ。きっと、そうに違いない。



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2015年01月27日

知的ギフテッドの教育モデルへと

この時期に雨が降っている。雪像とか大変だよね。これから冷えるみたい。明日の朝には天然のスケートリンクが出来上がりだね。
朝からだるーい気分。こんまま、お布団に入れば深い眠りへと誘ってくれそう。
さて知的ギフテッドはg因子との相関が高い。g因子の存在に関しては議論が残るが
知的ギフテッドは認知のアンバランスから特異的学習障害を併発している。そのために学習や生活での物事の習得に困難を抱えている。その点が生きにくさと直結している。この間の事例とも組み合わせてかたると。
では教育モデルとしての知的ギフテッドとは「知的ギフテッド:高次な高次思考、推論、そして問題解決能力を持ちながら、読みや書き計算や課題の集中などの基本的(低次)な処理に困難を抱える」おさまりとしてはこんな感じかな。
WISC-Ⅳのギフテッド臨床群のプロフィールからスタートした話が教育モデルへと繋がり支援へと。
ぐるぐるぐるぐる回っていて、読者の皆さんにはまた同じことを言っていると思われているよね。もう少しお付き合いくださいね。自分の中では、整理できてきているのですね。でも論文にするためにはストーリーを丁寧に作らんと昨年みたいに苦労するし。
やっとAIRのサポートステータスが返却に。明後日には戻ってくるかな。よーし、それからだな。




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