2014年03月

2014年03月31日

本を読みながら妄想の世界へ

週末はマウレでのんびり。戻ってきてしまった。
自分の専門を生かしながら、まったりと暮らせる場があるといいな。占いには願いが叶う日と出ていたが(笑)

金曜日から頭は読書モード。現実からの逃避。
温泉では主に小路幸也を読んでいた。「スタンダップダブル甲子園ステージ」、シリーズ2作目を読んだ。ついついモデルはどこだろうと?遠軽かな?上川とか…。「花咲小路四丁目の聖人」、「花咲小路一丁目の刑事」と読んだのだが仕掛けが巧みですね。日常でありながら、非日常が連鎖する。気がつけば幸せな気分に。さすが小路幸也。戻ってきて、新聞を見ると小路幸也さんがロン毛になっていた。どんな心境の変化だ。

頼んでいた「パパ聞き15巻」「自閉症の脳を読み解く」「DSMー5虎の巻」が届いた。もちろんパパ聞きから読みはじめる。テンプルさんの本は、体力と気力が充実している時に手にしないと。

パパ聞きの15巻は、1年の流れと育ちを感じるストーリー。ちょっとしびれました。。それとは別に、織田來香さんの育ちと心の変化について注目してきた。シリコンバレー症候群を彷彿させる來香さんの閉ざされたを変化させたしゅじんこうたち。彼女の心の中に、何が起こったのか。興味深いですね。やっぱり、「ラノベから紐解く発達障害」をまとめて見たいな(笑)

もう一冊目を通しているのは、「DSM-5虎の巻」。診断の歴史や変更点がまとめられている。「一撃でわかる」と書いているが。もふもふ。一撃では無理だが、変更の意図が分かりやすく書いてある。多元的診断、神経発達障害と。も第2章の第3節「診断を行う目的は、臨床においては治療を組むためである」この本の伝えたい部分ですね。臨床家が学ぶのは、診断をするのではなく支援の枠組みを考えること。

50分ほど有酸素運動をして、ヨドバシで買い物をし、2Gに検査の説明をしてH高の送別会その3へ。北世界、十四代、北斗随想、ひより。ちょっとひよりが残念。やっぱり北世界は格別でした。H高君がいなくなることで、飲み会も減り。引きこもり率が高まる分、お金がたまるな(笑)

  お家に帰るとドーン・P・フラナガン "エッセンシャルズ WISC-IVによる心理アセスメント"も届いていた。これは、しっかり文献をよむ時間を確保しないと。市長と馬主を休めばいいのだが。一緒に読む人を募集中なのだ。明日は、つまらん話の合間に目を通そう。
    
   


nhlgldac at 21:36|PermalinkComments(0)日記 

2014年03月30日

マウレの休日

FIT3ハイブリッド四駆に乗って丸瀬布温泉マウレ山荘に連泊してきた。mったり。
初めて使ったカーナビは、ほとんど道なり。うーん。北海道には向いてない。

マウレ山荘は、毎年出かける定宿の一つ。山里に立つ一軒宿。
丸瀬布町の上武利という場所にある。以前は小学校もあり集落があったのだが、今は廃校となり集落には朽ちかけた廃屋がボツボツと

川の音を聞きながら、のんびりと過ごす。ここで春先に連泊するのが、定番になって来た。

夏は大平高原での星空観察会。漆黒の中で満点の星を。ただしね、熊よけの鈴は必要(笑)もちろん散歩する時も。
露天風呂にはのんびり寝ながらはいり、星空を眺めることが。部屋も広々としており、酒を飲みながら読書三昧。
食事も期待に応えてくれる。もし、おいらが北海道お勧めの宿で三つ星をと言ったら、マウレ山荘かな。はずれない。

今回は、ネイチャーフォトグラファーと読書がメイン。
クマもいるので久しぶりに熊よけの鈴をつけてマウレの里を散策。ここはヒグマ生息地ですという看板が。そう、熊さんの居る土地にお邪魔しているのね。

マウレの里はクワガタの産地だけではなく、野鳥の宝庫。みやまかけす、あかげら、やまがら、こがらと、見つけてはシャッターを押すが思い通りにポーズをとってくれない。
野鳥の他に猫三匹。怪しい足跡をおさめてきた。きつねかな、それと大型犬らしい足跡。こぐまではないよな。

読書は小路幸也。「スタンダップダブル甲子園ステージ」「花咲小路四丁目の聖人」、「花咲小路一丁目の刑事」を読んだ。
坂木司の「僕と先生」は途中。狐シリーズのラノベも転がっている。うーん。相方は、10冊用意してきていた。

自然に囲まれ、酒を飲んで、おいしいご飯を食べ、本を読み、温泉につかる。それは本当に楽しいのだ。

ただ、6年前に行った時以上に、主をなくした家が増え、家が確実に朽ち果てていた。
廃校になった小学校の横には神社があった。敷地が繋がっている。どちらも大切な物だったのね。
地域が失われるのは悲しいですね。学校は地域の文化の拠点。

マウレは大切にしたい場所。泊まることで貢献したい。そしてのんびりと楽しみたい。


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2014年03月27日

FIT3が来た~ちょっと検査のお話~

今日はFIT3ハイブリット四駆を小樽にとりに行った。知人が国労で分割民営化に反対したため国鉄を追い出された。小樽のHONDAに勤めたのだ。それからシビック3台、CRV2台、FIT3台と。なんと8台目。彼も退職なので、これが買い納めかな。もう、次買う時はKだな。うーん、なかなかキーのない車にでんきなれないw。満タンにしたら航続距離961キロとでていた。増税対策になるか。

さて、今日は検査の分析の話。
コントロールできない日々が続いているため、思考も乱れている。預かっている検査を分析しないとと思いながら、眺めている。自分でかけていないので、数字から一人の子どもを思い描く。

今は、WISCモデルで分析した後にCHCモデルでの分析する。モデルを変えることで、違った視点で見ることができる。昨日も宿題の問題を解いていた。答えは出たけれど「あれれれれ」。この人の心に何が起きているのだろう?

悩んだ答えは、言語性流動性知能<非言語性流動性知能、視空間能力<非言語性流動性知能のパタン。それぞれは、説明がつくのですが、合体するとストーリーが上手くできない。視覚情報処理は苦手だが、まな板にのるとじっくりと考え込む事が出来る。でも、言葉ではまな板からスルーしてしまう。注意の問題がどのように関わるのか。興味深い。

WISCは、その人の心の中に何が起きているのかを推し量る道具。このケースの場合、具体的事実とつけ合わすことで困難を引き起こしている要因と支援の道筋が見えるかな。

もう一つのケースは、検査結果の分析はできるが、置かれている状況とにはあまりに距離がありすぎる。その人なりの学びの困難が分かることで対処法が見つかるのか。悩むところ。温泉行く前にまとめないと。

そうか、数唱と符合が低いということは、なるほど。視覚的短期記憶、聴覚的短期記憶の苦手さが考えられる。もし、初期の段階で難しさ。続きは温泉で考えることに。

明日からマウレの隠れ里でのんびりと連泊どす。熊よけの鈴を鳴らせながら、散歩をしつつ体調を戻すことに。















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2014年03月26日

子どもや青年を真っ当に支援できるNPOを立ち上げたい~貧し過ぎる北の大地なんちゃって~

今日も暴走の中、どっこいしょ。春ですね。ひねもすのたっりのたりかな。昨夜からtwitterでちょっぴり話題になった土曜教室のNPO作り。

ごぶサタ倶楽部を立ち上げた頃から真剣に考えてきた。三本の柱として、エビデンスに基づいた相談、認知特性に応じた学びの支援、青年期を支える居場所作り。+ジョンの山楽部(自尊感情や達成感を味わうには登山が一番)土曜教室とごぶサタのそれぞれの機能を併せ持つ組織を作りたい。

方法論としてのノウハウは持っている。ネックになるのは、事業として成り立つのかと優秀な人材の確保の二点。趣味でやる分にはいいのですがね。ボスや哲ちゃんとやったらすぐに倒産だな(笑)

そんな事を考えつつ、ふと机上の書類を眺めていたら気になる物が。一つは、ディサービスの案内、もう一つは特別支援教育に関するもの。

ディサービスの方のキャッチフレーズは、「就職ができる、報連相ができる、問題なく学生生活が送れる」。サービスの特徴は、社会適応カリキュラムを導入し、パソコン、コミュニケーショントレーニング、Willに取り組むと。
人のジョンが『一時的に目に見える結果として「就職、報連相etc...」なんてさせることは簡単ですが、長い人生のスパンで考えると「できます!」なーんて無責任に言えるわけないですね。まるで新手の自己啓発商法だ(笑)』とのコメント。まさしく、その通りですね長く臨床に関わっていたら、「できる」がいかに大変か分かるはずなのに。この間、脆弱性を持つ青年たちの援助に取り組んできた。場面場面では、うまく行ったかと思っていても、すぐに壁にぶちあたる。とても順風満帆と言える状況ではないのだ。風待ちしたり、よけいな所に出かけたり。なんとか航海を続けてくれればと思うのだが。

もう一つの方は、中学校の特別支援学級にとって体力作りと作業学習が柱と。うーん、昭和の時代にタイムスリップした感覚に襲われた。

この地域の教育行政は、『(特別支援学級や通級指導教室は)、一人一人の指導目標や指導内容・方法の明確化を図り、教育課程を具体化した「個別の指導計画」を活用し、障がいの状態や特性等に基づく指導内容・方法の工夫や充実を図る』と重点に書かれているのだが。どう解釈すればいいのだろう?ここでの「個別の指導計画」は、体力の促進と作業能力の向上を目標とし、目標達成のために障害特性に応じた工夫がなされる、ということなのか?一人一人のニーズは、どこに存在するのか。インクルーシブ教育には遥か彼方だ。

何よりも恐ろしいのは、体力作りや作業を頑張れる子が「えらい」と思われる事だ。

どちらも真面目に取り組んでいるのは重々承知しておりやす。でも、違和感を感じるのだ。もう一つのジョンのコメントに繋がるね「就労を意識するのは結構なんですけど、それ以前に人として幸せに生きることを意識してほしいと思う今日この頃。仕事スキル叩き込まれて、でも楽しみがなくて(というか軍隊教育のお陰の二次障害で)なんて本末転倒はコリゴリでございます。」

まさしく「地獄への道は善意で舗装されている」という言葉がぴったり。

まあ、こんな地域だからこそ今までの財産を生かしたいと思うのだ。


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2014年03月25日

ギフテッドの「理解と支援」でシンポを考える~どうかな~

昨夜は薬を飲んだせいかぐっすりと。でも相変わらず朝は早い。血圧の暴走も続いている。有酸素運動をしないとは思いつつ、だらだらと。明日やろ物語。

今日は、LD学会のギフテッドシンポジウムについて考えてみることに。特殊教育学会でもまったく人が集まらなかった。おそらく、特別支援教育に関わる多くの人は関心がないということなのか。日本では、ギフテッドは特別支援教育の枠組みに入らない、かといって通常教育で支援してるわけではない。ギフテッドは、教育現場には多く存在する。おそらく、知的ギフテッドをFSIQという物差しを使い130以上と考えると、1%程度はいるはず。その中で生きずらさを持っている人は多いはず。

学会のシンポでは、知的に高くてもギフテッドの子どもや青年が生きずらいことを理解してもらう。そして彼らは援助を必要としていること。当たり前のように特別支援教育の対象であることを伝えたい。もちろん、彼らを援助する事は社会的に大きな意味があるのだ。

筑波での特殊教育学会では「台湾における英才・才能教育の実際」という講演。日本の機会均等的平等主義の中では、英才教育とか才能教育とか嫌われるな。努力する事を美徳としているから。能力が違うのだから異なるプログラムが用意されるべき。自明の事なのですがね。上野先生の言う、オーダーメイドの教育ですね。

どんなシンポを組めば、多くの人に参加してもらって「ギフテッドの理解と支援」に繋がるか。どんな工夫が必要か。ギフテッドの個に応じた教育を可能にすることで、画一的な特別支援教育もどきに風穴を開けられるかもしれない。H高君に、ギフテッドの日米のギフテッド教育の現状をレビューでもしてもらい、ピカとケース2本でディスカッション。指定討論は上野さんか品川さんかなと考えているのですがね。アメリカの特別支援教育のギフテッド教育あたりから、日本の現状ですかね。事例では、通常教育においても特別支援教育においてもギフテッドのニーズに基づいた教育が行われない。彼らの困り感と援助の在り方を提示しながら、今後のことを議論出来ればいいのだが。

もし、読者の中には、ギフテッドの当事者さんや保護者の方がいるかもしれませんね。いろいろ考えている事を聞かせてもらえればありがたいのですが。



nhlgldac at 19:01|PermalinkComments(0)日記