2013年11月
2013年11月30日
ギフテッドは隠れディスレクシア~学習障害との連続するの~(1)
ギフテッドについてネットサーフィンをしていたら、「on dyslexia」というブログを見つけた。
ブログの中にstealth dyslexia(2005)Eide, B. & Eide, F.の訳があった。著者のは、The Advantage of Dyslexiaという著作がある。
ちょっと不勉強で文献を読んだことがなかった。
ただ、このブログの中に“隠れディスレクシア”という概念について論じられていた。
少し長いが引用する。
・「隠れディスレクシア」:文脈を推理する力があるので、一見「読めている」ように見えている(が、実は一語一語を正確に読めていない)。スペルミスが多い、単語をなかなか覚えられないなど、書くほうが苦手
・読めている(ように見える)し、話し言葉は達者なので、学校や家庭で気づかれにくい
・文脈に依存して読んでいるので、文脈のない文章(テストの設問文)がきちんと読めない。そのため、長い文章が読める割には、テストの点数は悪い
・早めに、キーボード入力を覚えさせるべき
・早い時期に周囲が気づき、適切な配慮を受けることで、中高時代に負のスパイラルに陥らずに済む
さらに、「隠れディスレクシアは、ギフテッドの子においてよく見られる問題の可能性がある」と述べている。
著者は、ディスレクシアの定義を紹介しつつ、ギフテッドの多くは「ディスレクシアの読み問題を引き起こす視覚・聴覚的処理能力の欠陥を、高い次元の言語技術で埋め合わせていることにある。その結果、こうした子たちは相対的に高い読解能力を示すようになる」
この一連の文章を読んだ時、目から鱗状態。
著者の言う「視覚・聴覚処理能力の欠陥」は、WISCーⅣの「認知習熟度・CPI(ワーキングメモリーと処理速度)」であり、「高い次元の言語技術」はWISCーⅣの「一般能力指標・GAI(言語理解と知覚推理)」に置き換えられるのではないか。
ギフテッドの判定には、言語理解や知覚推理と言った、より高度な認知能力が求められこと。さらに、理論・解釈マニュアルでの知的ギフテッド臨床群GAI>CPIというデータも指示するももである。実は、ボスの難題「白昼夢」もなるほど。低次な処理の不足を補うために高次処理をフル回転するから、周囲を遮断するのだ。
さらに疑問であった、ギフテッド君たちはなぜテストでつまらない所で間違うのか。高い読解力を持ちながら、設問の意図を理解出来ずに間違う。
思わず、なぜこんなところで間違うのか、悩んでしまう。おそらく、CPIが関連しているは考えていた。でも、この点も以下の引用ですっきり。
『「短い文章を読む方が難しい」。これは一見矛盾している。だが、隠れディスレクシアの読み困難がどのような性質を持つのかを考えれば、幾分理解できよう。
前述の通り、こうした子たちは一語一語をしっかり読むことに困難を覚え、ときどき単語を飛ばしたり、別の語に置き換えたりする。
長い文章を読むときには、持ち前の高次言語技術を使い、語レベルで読む時の間違いを埋めたり修正したりするのだ。というのも、長い文章には重複する内容があったり、文脈のヒントがあったりで、これらを生かせるからである。
一方、短い文章には文脈のヒントが少ない。重複する内容も少なく、統語上圧縮されているため、個々の単語の間違いを修正する方法が少なくなる。こうしたことから、文書が短くなればなるほど、読み間違う可能性が高くなるのである。』
疑問に思っていたことが氷解。
ここまでくるとディズレクシアを中核とした学習障害とギフテッドは、実は近接しているのでは?
一見すると、WISCの4つの群指標のふるまい方は異なる様相に見える。
でも、背景は同じで、実は連続しているのではないか。なんたちゃって。
皆さん「on dyslexia」を当たってくださいね。
長くなったので続きはまたですね。次のテーマは「ギフテッドとディスレクシアの連続性」
うーん、最近はいつの間にかギフテッド研究がメインストリームに(笑)
自閉症から始まり、学習障害、軽度発達障害、そしてギフテッドに。WISCの文献を読んでいたら自明のことかな。
ではでは
2013年11月27日
デルフィニア戦記から10年~爆読~
日曜日に「茅田砂胡 全仕事」を相方が買ってきて読んでいた。
家事を忘れ、笑い転げていた。
不思議そうに眺めていたら、おいらに「デルフィニアの続きでウォルが出ている」と。
タイトルは「紅蓮の夢」370ページ。
茅田砂胡さんは、ライトノベルを読み始めるきっかけを作ってくれた。
そのおかげで、守備範囲も広がった。
かなり前になるが、年末からお正月にかけてひたすらデルフィニア戦記を読んでいた。
楽しかったなあ。
また、会えるとは思わなかった。
再度、リィがデルフィニアにに戻り新たなストーリーが始まるとは。
相方が読み終えるのを待ち、読み始めた。
確かに面白い。布団の中に入りつつも、ついつい声を出して笑ってしまう。
おっとテンションがあがり過ぎ。
ちょっとヤバい。興奮して眠れない(笑)
これは気合いを入れて読み直さないと。
ということで火曜日はゲームをしないで読書の世界へ突入。
久しぶりに身震いしながら読んでおりやした。
ついつい笑とも嗚咽もともつかないものがこみ上げてくる。
11時過ぎには読み終えた。
感動とともに肩こりが。目が◯眼のために、集中して取り組むと、至る所がほころんでしまう(笑)
布団に入っても物語を反芻しては、余韻に浸る。
なかなか入眠できず、寝不足💤
この年末は久しぶりにデルフェニアでも読むことにしよう。
2013年11月25日
学習とは?~ギフテッドは中枢性促通を亢進するのか、なんちゃって~
教室から戻ってきてから、「学習」について考えていた。
最近の研究テーマの一つ。残念ながらこの道一筋といかないところがおいらの最大の問題。
分からない時には、まずはgoogle先生に聞くことに「学習(がくしゅう)は、実体験や伝聞などによる経験を蓄えることである。生理学や心理学においては、経験によって動物(人間を含め)の行動が変容することを指す。繰り返し行う学習を練習(れんしゅう)という。」
遊んでいる青年の自閉君の一人が、「学習能力0だな」とつぶやいた。
話を聞くと同じ失敗を繰り返していつ彼に対して、保護者が言った言葉だそうだ。
学習障害というのは、経験値が行動の変容に役に立たない。同じ失敗を繰り返す。経験が積み上がらない。
いろいろと思考がぐるぐる。
学習が積み上がらならない。蓄積されないのは、なぜ?頭が悪いの?
やっぱりこれってHEBBの中枢性促通に結びつくのか。
小学校から教室で係っていた子どもは、「私のシナプスの働きが悪いの」と語っていた。
実感とし、思うようにいかない自分の頭の動きを言葉にしたのかな。
そこで、ギフテッドになるわけだ。彼らは、なぜ知識の吸収率が高いのか?
おそらく中学・高校なんて教科書とネットがあれば学校に行かなくたって9割程度の点数はとれるだろう。
通常、反復練習をしながら習得して行くことが、労せずしてできる。
シナプスの働きが良く、中枢性促通がすぐにできあがる?
彼らが知識を習得するのに、ワーキングメモリー自体はそれほど重要な役割を果たしていない。
WISC-Ⅳの言語理解や近く推理に比べたら、平均の上程度。処理速度になると平均。
学習を成立する上でワーキングメモリーと処理速度は重要な認知機能。
それがやや弱いにも関わらず、言語理解と知覚推理、さらには学習において高いパフォーマンスを示すのはなぜでしょうね。
中枢性促通から考えることができるのか?
面白いですね。
ギフテッド研究が進めば、新たな学習理論が見えてくるかも。
嵐の中、そんなことを考えていた。
ギフテッドの臨床研究は重要だと思うのだが、「金太郎飴」の日本の特別支援教育の世界では無理だな。
最近の研究テーマの一つ。残念ながらこの道一筋といかないところがおいらの最大の問題。
分からない時には、まずはgoogle先生に聞くことに「学習(がくしゅう)は、実体験や伝聞などによる経験を蓄えることである。生理学や心理学においては、経験によって動物(人間を含め)の行動が変容することを指す。繰り返し行う学習を練習(れんしゅう)という。」
遊んでいる青年の自閉君の一人が、「学習能力0だな」とつぶやいた。
話を聞くと同じ失敗を繰り返していつ彼に対して、保護者が言った言葉だそうだ。
学習障害というのは、経験値が行動の変容に役に立たない。同じ失敗を繰り返す。経験が積み上がらない。
いろいろと思考がぐるぐる。
学習が積み上がらならない。蓄積されないのは、なぜ?頭が悪いの?
やっぱりこれってHEBBの中枢性促通に結びつくのか。
小学校から教室で係っていた子どもは、「私のシナプスの働きが悪いの」と語っていた。
実感とし、思うようにいかない自分の頭の動きを言葉にしたのかな。
そこで、ギフテッドになるわけだ。彼らは、なぜ知識の吸収率が高いのか?
おそらく中学・高校なんて教科書とネットがあれば学校に行かなくたって9割程度の点数はとれるだろう。
通常、反復練習をしながら習得して行くことが、労せずしてできる。
シナプスの働きが良く、中枢性促通がすぐにできあがる?
彼らが知識を習得するのに、ワーキングメモリー自体はそれほど重要な役割を果たしていない。
WISC-Ⅳの言語理解や近く推理に比べたら、平均の上程度。処理速度になると平均。
学習を成立する上でワーキングメモリーと処理速度は重要な認知機能。
それがやや弱いにも関わらず、言語理解と知覚推理、さらには学習において高いパフォーマンスを示すのはなぜでしょうね。
中枢性促通から考えることができるのか?
面白いですね。
ギフテッド研究が進めば、新たな学習理論が見えてくるかも。
嵐の中、そんなことを考えていた。
ギフテッドの臨床研究は重要だと思うのだが、「金太郎飴」の日本の特別支援教育の世界では無理だな。
お約束の「ギフテッドに関するさらなる研究が求められる」
2013年11月23日
土曜教室に顔を出し国語について愚考する
今日はボスからQOL尺度の資料をいただくのと教室に顔を出すのを目的で大学に出かけた。
有酸素運動をすべく環状通東から40分かけて大学へ。
天気予報は小春日和といっていたのが、途中から雨がちらほら。
大学ではボスから資料もらいランチへと。はじめは豚汁うどんにと思っていたが変節。牛スープラーメンを頼んだ。失敗。うどんにすればよかった。
午後は教室に参加。幼稚園からの顔見知りの個別に。
「久しぶり」と声をかけられた。背も高くなり、声変わりも。
学校の話やテストのはなしをふむふむと聞いていた。
持ってきたテストを眺めていた。
国語のテストは、はっきり言って設問を理解するまでに熟考でした。
先生は、どんな意図でこの設問を作ったのだろう。
問題を理解する前に、先生の提示する難解な設問のためにエネルギーが注がれる。
国語の専門家でなく心理屋が、国語のテストを見るとあれれれ。
著者でなく、先生はこの設問にどんな意味を込めているの?
子どもに何か理解させたいの?
そう感じるのが、結構あるんですね。
教科書のワークとかもそうですね。
答えを見ても、どうしたらこったら解釈が出てくるの?という場面に多々遭遇。
日本の国語教育には、中学の頃から恨みを持っていて(笑)
今、教科書なんか読んでいると面白いに、授業ってなぜあんなにつまらなかったのだろう。
おいらの頭が悪かったせいもあるのだが。
自分で勉強しながら思うのは、きちんとした背景情報とか周辺知識を教えないで、つまらん答え方やルールに縛られるからだろうな。
某出版社の教科書には、京都大学霊長類研究所とか北大低音科学研究所に所属する人の話がのっている。彼らの文章を理解するには、文章に書かれていることだけではなく、バックボーンを知ることで面白さが広がる。
それがなければ、ただのつまらん文章のかたまり。意義と任務で解いて行く。
きっとこの話は、社会にも繋がるのだ。詰め込んで覚えても限界がある。をの背景や意味を理解しないと超つまらん暗記強化になってしまう。他の教科もそうですよね。
そんなことを考えながら教室を後にした。
もちろん、今後さらなる研究と分析が必要と思われる。(自己保身のためにつけることに)
今度は、その点も含めて教室のメンバーたちと「学習」とは何ぞやという壮大なテーマでお話をしたいな。もちろん飲みながら。
2013年11月22日
ギフッテド君たちは特別支援教育を変えてくれるよ
やっと底を脱した感があるのだが。
久しぶりに鬱症状が重かった。最悪の状況から脱したような気がする。
この時期、走らなくなるし、登山もお休み、学会もない、そうドーパミンの量が激減。
鬱症状が悪化するのはこの時期の風物詩みたいな物なのだから(笑)
メルアドを変えなかったのでひとまずです。facebookを休みにしたぐらいなので。
旭川では知的ギフテッドを切り口にしながら、学習障害さらには特別支援教育についても触れようと考えていた。
そこで、二つのギフトの一つ「過度激動」について思考を巡らしていた。
自閉君たちも感覚過敏を持っている。彼らの場合は五感が主にメインである。音、光、感触など。
そして、彼らは必要以上に入ってくる刺激をコントロールするために自傷や同一性保持を行う。
精神的フィルターが弱いために、強制的にシャットダウンしてしまう。
ではギフト君たちは、どうするのか。彼らは五感だけでなく高次な精神活動でも感覚過敏を持ち合わせている。
彼らは、質問をしてくる。どうしたらいいだろう。彼らは、理詰めで対処するしかない。
精神的フィルターの弱さは、他に比べて感情の流入が何倍にもなるということ。
喜怒哀楽が大きいということなのか。違う印象を受ける。
マイナスの方向に大きく傾くのだ。
どんなに楽しかったとしても、些末なことでの失敗が楽しさを吹き飛ばしてしまうのだ。
例えテストで良い成績を取ったとしても、間違った部分にのみが心に大きく残ってしまう。
楽しい旅行に行ったとしても、予定をこなせなかったことが思い出を台無しにしてしまう。
美意識が高く、責任感も強く、プライドも高いために、ちょっとしたずれや間違いが許せない。
完璧を目指しているから、その分いつも自分の至らなさ、出来なさだけに目が向いてしまう。
生きにくさは半端でないですね。
でも、この完璧主義があるから多くの優秀な人材を生み出しているのも事実。
精神的なフィルターの弱さは、知識の習得についてはプラスに働く。
吸収率の良さ。フィルターで濾過されないから。どんどん吸収して行く。
まるでスポンジのように。
私自身、ギフテッド君たちの教育目標は、彼らをプラス思考に変え、持てる能力を最大限引き出すこと。
まさしく、特別支援教育の目指すところなのですが。
金太郎飴みたいな特別支援教育に楔を打ち込めるのは、ギフテッド君たちなのですね。
何よりもバランスの悪い子どもたちだからです。
それを支援する。プロの冥利ですね。








