2013年05月

2013年05月31日

「お湯を注いで3分間待てますか」ADHDの神経心理学的背景を考える

15日の旭川の講演に向けて今までの研究を見直したり、文献の整理をしたりしている。テーマは、「ADHDの行動特徴とその神経心理学的背景 ~衝動性の高い子供や注意集中に課題のある子どもの支援を考える~」

今回のキーワードは、マシュマロ、カップヌードル、狩猟民族vs農耕民族(笑)

さて真面目な解説

 今まで、旭川の皆さんに伝えてきたのは障害名を明らかにすることより、子ども一人一人を理解し、個々に則した支援の必要性の大切さです。
 この数年、教育現場では発達障害に関する認知度だけは高まりを見せています。反面、ADHDのチェックリストなどが使われ、安易にレッテルを貼ってしまう風潮も見られます。レッテルを貼ることで、子ども理解できたことにはなりません。支援を考える時に、障害名を知ったとしても、その人なりの学習や行動のメカニズムを知らないことには対処ができないわけです。 

今回の学習会では、前段では私が研究で取り組んだギャンブリング課題やWISC-Ⅳのデータを交えながら、ADHD児の行動特徴とその背景にある神経心理学的基盤について語り、それを踏まえて後段は日高君と事例(WISC-Ⅳのデータをにらめながら)を交えながら支援について考える。

そして、きわき屋で日本酒とごぼうの天ぷらを堪能しパコで温泉に浸かり、次の日ピンネシリ登山。

スライド作りをしながら、文献に当たったり沈思黙考をする中でいろいろと発見があり、自分なりに賢くなった気がする。特にスッキリしたのが、薬物と認知神経的心理学的基盤、中間表現型と認知神経心理学的基盤のそぞれの関係が自分の中で明確になった。学んでいてもうれしいことなのだ。スッキリしたということは、自分の言葉で変換できるということ。それは、人にていねいに説明できるということ。検査も同様ですね、自分でわからんデータを人様に説明できるわけがない。

未だにスッキリしていないののが、実行機能回路と報酬系がどの様に絡みながらADHDの主症状と織り成しているのか。自分なりの答えをみつけないと。

ちなみに会ですが
日時:2013年6月15日(土曜日)
13:00開始 16:30終了予定
13:00 講演   小泉雅彦さん
14:45事例研 小泉雅彦さん 日高茂暢さん  
16:30終了             
場所:旭川市障害者福祉センター
おぴった 第3会議室
(旭川市宮前通東4155番地30)

参加料 250円 定員35名
 申し込み  a-prism@mail.goo.ne.jp までです。


nhlgldac at 16:43|PermalinkComments(0)日記 

2013年05月28日

ごぶサタ@山楽部の例会……カムイヌプリから鷲別プチ縦走

土曜日に今年初のごぶサタ@山楽部の例会があった。雪のために、南に下りカムイヌプリ登山口からカムイヌプリ、鷲別岳のプチ縦走往復10.4キロとなった。カムイヌプリ山頂までのコースは、渡河地点やプチ雪渓もありなかなか楽しい山だった。残念だったのは、参加者が少なかったことと、本来なら眼下に広がる太平洋がは真っ白で何も見えなかったこと、山飯の釜飯はセレクトミスだったこと。

じょんから、帰りは海の見える温泉というオーダーがはいり、苫小牧のほのかに。のんびりとお湯に浸かりながら疲れを癒した。ちょうど創業記念で20%Offというおまけまでつき楽しく登山を終えることができた。

しかし、結果としておいらの筋肉にかなりの炎症をおこすことに。月曜日には、炎症から何年ぶりに熱発してしまった。一瞬インフルエンザを疑ったが(笑)

これには、幾つかの要因が重なった。木曜日に10キロのビルドアップ走であがりの2キロを5分10病で刻んだこと。左膝が悲鳴をあげていた。さらに、トレーニングでアップダウンの練習をいれてこなかったことで下りの足の裁きが今ひとつだった。でも、問題は日曜日。金曜日に買ってきていた苗を植えるべく畑仕事に精をだし、ジンギスカン用のサイト作り。あげくのはてに、9キロのランニング。きちんとケアすべきだった大腿四頭筋が、さすがに夜中に悲鳴をあげた。痛さに何度も目が覚めた。

湿布をし養生をしているが、回復まであと数日かかりそう。若くはないというのを認識することとなった。きちんと下半身の筋トレをしてこなかったのも要因だろうな。

次回は、ぷりずむメンバーとピンネシリ。前日飲みすぎないようにしないと。


nhlgldac at 16:40|PermalinkComments(0)日記 

2013年05月24日

「働く」ために必要なこと……品川裕香さんの本だよーん。

 品川さんの新著。早速購入して読んだ。身につまされる部分もあった。
「自分にあった仕事ってなんだろう」「やりがいのある仕事」ずっと自分に問い続けてきた命題。彼らの抱える「思い」は誰もが持っているもの。ついつい、若者たちと自分の共通点と差異を脳裏に描きながら読み進めた。

  本来であれば、理想と現実のギャップに悩みながらも、いつか大人の階段を登り、自分と社会と折り合いをつけて行く。でも、インタビューに応じていた青年たちは、どこかで階段を踏み外している。それを発達障害というのは簡単かもしれない。でも、発達障害を持っていても当たり前に働いている青年もいる。

私が、長く関わっている発達障害を持つ青年に、「連休に仕事や平日の残業があって大変じゃないの」と聞いたら、「仕事だから仕方ないだろう」という答えが戻ってきた。彼は、自分の世界を持っていてやりたいことはたくさんある。でも、仕事だから………プライベートはのんびりと自分の世界を楽しみ、切り換えて仕事に行く。それが、当たり前の世界。

では、なぜ彼ら彼女らは当たり前のスキルが身につかなかったのか。品川さんは、「上げ膳据え膳の指導」に対して警鐘をならしている。あまりに、至れり尽せりの家庭での子育てや学校教育のおかげで、自らを知る機会を失い自己選択や自己決定ができないまま育って大人になっている。今まで、誰かが何とかしてくれてきた。きっとこれからも。

品川さんは、発達障害の有無にかかわらず、今の時代自立できない大人になるリスクは高いと語っている。以前は、家庭や学校さらには地域が保護要因として働いていたが、今はちょいと霞んでいる。そのためには、自らが気づいて保護要因を増やすことが重要。

最終的には、自分の特性を理解し、対処法を学ぶこと。これは、短所だけを知るということではなく、長所も知り、自分にあった働くための戦略を立てるということだろう。

終章で、LLPでの青年の育ちを描いているが、ただ単に特性を理解するだけではなく、それを支えるコミュニティや人の存在が自立を支える上で大事なのだ。

若者にも読んで欲しいが、支援者と言われている人たちにも読んで欲しい。
支援する人間や組織の役割とはなんだろう。

ひとまず書評というより読書感想文で。


nhlgldac at 20:27|PermalinkComments(0)日記 

2013年05月20日

ばけもの好む中将「俺の妹が超心配ー読み困難と宮中適応」

 「パパのいうことを聞きなさい」で莱香さんと自閉症の関連についてまとめた。今回は、ばけもの好む中将 平安不思議めぐり (集英社文庫) [文庫]
瀬川 貴次 (著)を語ることに。

  何せこの本は、平安時代における読み書き障害の存在を二次元的に明らかにした本なのだ。おそらく、平安時代に読み書き障害が存在するとしたら、貴族を中心にした選ばれし世界の住人。その上、脳そのものが「文字」に対して適切なシステムが育っていないから読み書き障害は多く見られたかも……(^O^)

  本のストーリーは読んでもらって、ばけもの好きの左近中将(右大臣の子息)の妹が共感覚を持つ読み書き障害という設定。妹の初草に映る文字は動き色を伴い、さらに書いた人の姿や心が浮かんでくる。共感覚から超共感覚とでも言っておくか。ギフテッドという言葉を思い出す。きっと、共感覚は神から贈られしものであり、そのために読み書きという脳領域が脆弱……。

兄は、将来東宮に入内する妹が読み書きができないということで御所での暮らしを心配している。中将は、妹のことを読み書きはできないが、おろかではなくとっても賢いと述べている。兄としては、入内するまでにいろいろと妹のために準備をしている。

ディスレクシアという言葉は出てこない。でも、読み書き障害をラノベに登場させ、説明と兄の抱える心配を明らかにしたのは価値が大きいと思う。実は、中将がばけものを好むのは妹可愛さのためでもあるのかも。平安時代のディスレクシアの妹を持つシスコン物語。

しょうもないハウツー専門書を持つよりもラノベを読む方が、意味があると思うだ。今に、ラノベが語る発達障害なんてまとめてみたいな。



nhlgldac at 20:07|PermalinkComments(0)日記 

2013年05月17日

なぜ学ぶ

マスターに入った時に、ボスから聞かれたことがあった。発達障害のメカニズムを知りたいのか、支援の在り方を学びたいのか?そのような趣旨の問いを受けた。両方と言ったら苦笑いしていた。20世紀に交わされた会話だった。今ならボスの苦笑いがわかる気がする。

  マスターの2年間は、深く子供を知るためのウォーミングアップでしかなかった。己れの頭の悪さを知った2年間だった。それから大学に居座り、後輩たちに面倒を見てもらいながら基礎と臨床を学ぶことができた。当時のパフォーマンス指数が10だとすると100位にはアップした。おそらく、当時のおいらの検査の分析と講演の内容をみると恥ずかしくてヒグマの穴に雲隠れだな(笑)

   密かに思っているのだが、物事をしっかり学べるようになってきたのは最近なのかもしれない。思い起こせば、中学校時代から教師に勉強を教えてもらったという記憶がほとんどない。何をしていたのだろう?ひたすら本を読んでいた。数学は、ほとんど独学だったかも。突然閃いてからできるようになった。だからアンチ学校なのかもしれない(笑)

  なぜ少しだけ賢くなったか。そう考えた時、「なぜ」という言葉が頭によぎる。ボスとの楽しいブレインストーミングでは、いつも「なぜ」を問われ続けてきた。ADHDの子はなぜ多動なのか?衝動性が高いのか?LDの子は読み書きがなぜ苦手なの?自分の脳をブンブン動かしながら、ボスの詰めに答えるのだが、いつ「まいった」だった。でもそのおかげで、「考える」とは度いうことか学んだ。今は分からないことを自分でしっかりモデルを考えて説明をしようという姿勢だけは育った。

WHY STUDY?

子どもの困難の背景を知ることで、支援するてだてが見つかるからさ。

某小学校に行った時に、子どもの説明を聞いた。結局無駄な時間だった。
それはなぜか、先生が子どもを理解できていなかった。
この子は、同時処理が弱いかもしれない………検査もしていないで科学的根拠もない中で(笑)
しいていえば「教師の勘」………きょうはこのへんで。

6月15日旭川のパコをとったよーん。講演をしてきわき屋で飲んで温泉に入る。次の日は、登山。
楽しみ。でもね、それ以上に旭川では大切なものをおいらはもらってくるのさ。熱心に我々のマニアックな講演に顔を出してくれる先生がいる旭川、素敵だな。もちろん、ぷりずむのメンバーも。札幌では手に入らない世界ですね。



nhlgldac at 21:55|PermalinkComments(0)日記